第15話

ナカジマさんがダンジョンの外でコタニと待っていた。

ナカジマさんって言うのは、小学生の頃から落とし穴のワープゾーンを研究してる人だ。

サラに落とし穴から何処に出たかを熱心に聞いている。

……本気だこの人。


アカネと俺にも話を聞きたがり、俺たちで説明する。

俺は低階層の土地勘がないからアカネが主に説明したんだが、俺の話を聞くときとサラやアカネに話を聞くときでえらく態度が違って見えた。

いや、俺が場所を知らないからなんだろうけど、子供の頃にも俺が落とし穴の話を聞かれなかった事となんか関係あるだろうか?


ゴロウたちと魔獣についてはギルドに任せる事にした。

ゴロウたちを保護してくれたのはアヤノさんで、優しく微笑んでいたが、歳のことを考えた時の笑顔の100倍は怖かった。

ゴロウ、富田も、頑張れー。

魔獣の死体もギルドに任せれば、これから道具屋なんかが素材集めに使ったり、処理されて行くだろう。


俺はサラとアカネと別れてギルドの詰め所に行く。

アカネも帰省してまだ一度も家に戻ってないから、サラを引っ張って慌てて帰って行った。

夏休みはずっとギルドの詰め所にいると言うとサラが少し寂しそうにしていた気がする。


詰め所の部屋を用意してもらっていたのですんなり鍵をもらって部屋に入る。

小さな机と椅子があるだけの、ほとんどをベッドが占める狭い部屋だが、1人部屋なので気が楽だった。

トイレと風呂は共同だが、風呂は温泉で露天風呂だった。

部屋の掃除は週一回で、こちらもホテル並みのベットメイキングがされて快適だ。

食事も24時間空いている食堂があり、ダンジョン用のお弁当も用意して貰える。

外国から来る冒険者の中にはここに住みたいと泣きながら帰っていく者もいると言う。

そんな人の為に、冒険に必要な道具を売る売店には香夜温泉ギルドの公式グッズが大量に陳列されている。

流石に温泉地のギルドだけあって快適なのだ。


ベッドに横になると久しぶりに感じる肉体の疲労感と、精神の満足感に心地よく眠りに落ちる。


決してサラが笑いかけてくれたからでは、ないーー。


けれど、この一年、俺を悩ませていたモノは消えてなくなった。


◇◆◇◆◇


アカネが新幹線から降りた駅は駅前だけが賑わっている典型的な地方都市だった。

ローカル線に乗り換える人の波がまばらな線を作っている中に私も混じって進む。

外国人も多いが、子供連れの家族が多くて、夏休みになったんだなぁと思った。

私、アカネも大学が夏休みになり、地元のダンジョン温泉街へ帰る所だ。

東京での大学生生活は友達もたくさん出来て楽しいけれど、やっぱり地元の観光客で賑わうダンジョンが私は好きなのだ。


でも、私は夏休みに実家へ戻るのを迷っていた。

戻らなければいけない理由もあったけれど、どうしても直ぐに必要なわけじゃないし、冬休みとか、他の日に大学を休んで戻っても良かったんだ。


実は会いたくない人がいて、彼も戻っていたら悲しい気持ちになるのは分かっていた。


そう、大好きな地元に帰りたいくない理由もやっぱり好きな人だった。

あの日私は自分の力が足りないから大好きな人の足でまといになってしまった。

竜と戦闘になり、最後の力を振りしぼって放った魔法で窮地を脱出出来たけど、もう気を失った私はその後どうなったのか分からない。

多分、シロウが抱えて運んでくれたんだと思う。私が世界で一番大好きな人が。


静かな話し声に気がつくとテントの中で横になって寝ていた。

疲労で開かない目を開けると、ぼやけた視界に倒れるように背中を向けて寝転がるシロウと、シロウの背中を見つめるように座るサラちゃんの後ろ姿が見えた。

何を言っているのか分からないけど、シロウの弱々しい声がボソボソと聞こえた。

「ごめん。守れなくて……」

それだけはっきり聞こえて、私のぼやけた頭の中にさっきまでの戦闘の記憶が蘇って来た。

シロウの剣が全く通じない事に絶望的な気持ちになった事を思い出した。

シロウはまだ高校生だったけど、温泉街一の剣士として評判だったし、私自身が訓練や実践で間近でシロウの強さを見て知っていた。

そのシロウの剣がさっきまで戦っていた竜には通じなかった。

その事に対して軽い失望を覚えたのは確かだけど、私自身がシロウに頼り過ぎていた事の裏返しでもあり、戦闘で動けなくなった体で私は自分を恥ずかし気持ちになっていたのだ。


今、テントの中でサラちゃんに謝るシロウに私の胸が苦しくなった。


ああ、やっぱりシロウは責任を感じてるんだ。

頼りきりで実力が足りなかったのは私のせいで、私がサラちゃんを守っていればシロウはもっと楽だったのに。

何よりワープゾーンに迷い込んだ先に竜がいるって気づいた瞬間に逃げていれば良かったんだ。

自分では倒した事もないのに、竜をシロウを含めた温泉街の人たちで倒せたと聞いていたから、私でもなんとかなるんじゃないかと舐めていた。

ワープして直ぐに竜の姿を見る前に力の差に気づいてシロウはサラちゃんを連れて逃げる体制に入っていたのに私が遅れた。

警戒心も無くはじめてきたダンジョンのフロアに何処だろうとキョロキョロと見回していると巨大な気配を感じて、見ると竜と目があっていた。

逃げなきゃと思ったが一瞬の遅れが致命的で、鋭い爪の一撃にもう逃げられなくなっていた。

直ぐにシロウが来て防いでくれて無傷だったが、すぐさま反転して竜に攻撃したシロウの剣が鱗に当たって弾かれた。

その事に驚いたのがシロウで、隙をつかれて竜の尻尾の攻撃をまともに受けてしまう。

私とサラちゃんも攻撃が当たり吹き飛ばされた。

そもそもワープゾーンに入る前に、魔力と体力を消耗するまでダンジョンに潜ろうと言ったのは私だった。

今使える氷魔法の上位魔法が使えそうな気がして無理を言った。


シロウが謝る事ないのにと思ったけど、そんな一生懸命なシロウだから私は好きなのだ。


「私はあなたを兄だと思った事はありません」

そうサラちゃんの声が響いた。


悲しみに浸っていた私は驚いた。

「ええ!?」

これが平時であれば飛び上がって大声をあげていた。

兄だと思っていない=兄以上の気持ちがあるって、完全に告白だ!


そんな、サラちゃんもシロウを好きだなんて!!いや、薄々は感じてたけど、ここで告白!?


……でも、あんな一生懸命な姿を見せられたら、言いたくなるのもわかる。

私も、前よりずっと好きになったし。


シロウはなんて答えるんだろう。

気になったけど、私は興奮した反動で気が遠くなって眠った。


それから、ダンジョンから戻るとシロウはよそよしくなった。

大学へ行く事にして勉強しているらしい。

私は元々、そのつもりだったけど……。


サラちゃんとはダンジョンでも会うけど、こっちもよそよそしい。

告白の結果は聞けない。


でも私はなんとなく、シロウがサラちゃんを意識しているのがわかった。

避けているようで、とてもサラちゃんを気にしてる。

前から、シロウはサラちゃんには特別優しかったけど、それとも違う。


学校ですれ違った後でお互いに無視していたけれど、気づかれないように横目で見ている。

お互いがそうしている。

ただ、タイミングをお互いに合わせないようにしているだけ。


すれ違った後のシロウの瞳が寂しくて、片想いをしているようだった。


私は、2人が付き合ってるって確信した。

兄妹だけど。

兄妹だから。


堂々と一緒にいられない事に寂しさを感じている!


きっと大学でこの温泉街を出て、知らない街で2人は一緒に暮らすんだ!


2人の計画が着々と進むのを見ていた高校生時代。

夏休みに帰省すれば、きっと、久しぶりに再開した兄妹のラブラブ光線で私の心が焼き尽くされてしまう。

2人は隠すだろうけど、私はいつも目で追ってしまう。

だから、分かってしまうの。

ああ、帰りたくないなぁ。


そう思いながらの帰省の途中でシロウを見つけてしまった。

変わってない?

変わってる?

分からないけど、すごくドキドキした。

私はこんなにも、シロウに会いたかったんだ。


思ったよりも気さくに話せた。

シロウから、別れる前のトゲトゲした雰囲気がなくなっている。


「俺はサラに見捨てられたんだ」

思いもよらない言葉が出て来た。

「……サラがさ、『あなたを兄と思った事はありません』って言ったんだよ」

そんな事を言う。

「え!?」

と、私はおかしな声を上げてしまった。

まさか、シロウ、そんな勘違いをしてたの!?


「才能あるサラの兄がこんな情けない奴だってサラは知ってたから、そう思われて仕方ない。あの日まで我慢してたんだろうなって」

沈黙。


「……そうか」

私は遠い目をする。

思えば私の気持ちにも全然気づく素振りもないし、ほんっとに鈍いんだよね。


サラちゃんのせつなそうな瞳が恋人を想うものじゃなかったなんて、心から同情した。


でも、自分の心が軽くなって、シロウと帰るこの瞬間を心から楽しんでるのが分かった。


サラちゃんは妹だもんね。

シロウが自分の気持ちに気づいても、きっと結ばれることはないから。

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