第7話
3階は全体的に濃い緑の植物が多くなり光も控えめになる。
細い通路の先には光が届かない場所もあり、森の奥に迷い込んだような雰囲気があった。
階段で降りた先は細い通路で暗くなっていた。
「ここは右に少し進むと太陽石のある広場があるの。左は長いけど何もない行き止まり。とりあえず、広場を見てみましょう」
そうアカネが先導する。
前を行くアカネは、きちんとダンジョン用の装備を整えている。
高校生の頃にも見た馴染みの格好だが、何故か知らない女性のような気がした。
理由は分かっていて、以前は武士のように前髪も全て巻き込んで一つに結い上げられていた髪が、同じ所で結んであるのだが、前髪と横のもみあげの髪は長さが巻き込んで一つに結うには足りずに顔にかかったままだった。
髪が顔にかかっているだけで女らしく見えて、とても可愛い。
見慣れている装備も、しっかりしたものじゃないけど、ちゃんとした胸当てで、体型が響くなんてことはないはずだが、何故か前よりずっとふくらんでいる気がする。
狭い階段と通路の中で、アカネが視界に入るたびにドキリとする。
駅から今まで一緒にいて、アカネだと言うことは分かっているのだが、ダンジョン内での見知った姿とのギャップに俺は動揺を隠せなかった。
思えば、女の子と2人だけで一緒にダンジョンに来たことなんてなかったなぁ。
いや?サラとはあるが、妹だし。
アカネともあるが、考えてみると、アカネを女の子だと思ったことはなかったなぁ。
太陽石のある広場は太陽の光を恐れて集まるモンスターもいないが、人も居なかった。
「……居ないか〜」
とあたりを見回して、アカネはがっかりしている。
「サラちゃんも一緒に採集してたから、サラちゃんもこの辺の地理には詳しいし、近くに落ちてたらここに来ると思うんだけどね」
「近くには居ないか、双子を連れて動けないかだな」
俺が付け足す。
ここに来る途中でモンスターを見かけたが、低レベルで俺たちを避けるような仕草はみせるが襲ってくる事はなかった。
もっと弱い観光客相手なら襲う事もあるだろうが、観光客は護身用の棒を持ってダンジョンに入っているから、その棒を振り回せば直ぐに撃退できる程には弱い。
最悪、素手でも振り回せば逃げていくので、赤ちゃんでも撃退出来る。
稀にレアモンスターやる強敵モンスターが現れる事があり、観光客では太刀打ち出来ないが、3階に出現するようなモノならサラなら十分倒せるくらいのレベルだ。
「じゃあ、アリアドネの糸を使おうか。シロウが使って。私は必要があれば魔法で見えるし、道も知ってるから、異変がないか注意して見ながらついて行くよ」
アカネがギルドの受付のアヤノさんから受け取っていたアリアドネの糸を差し出しながら言う。
アリアドネの糸とは神話の迷宮の脱出用に使われるた糸で、その名の通りダンジョン内の自分の歩いた道に印をつける道具だ。
糸を持っている者の歩いた後に糸のような筋が残る。
本当の糸ではないので時間が経つとだんだん薄くなって消えてしまうが、色の濃さで通過時間を測れるので、探索や迷子防止に使われる。
色は何色かあり、ギルドでは捜索用や探索用などで何色かを独占していて、一般の冒険者はそれ以外の色を使う。
実際に糸の色が見えるのは糸の使用者同士と一部の能力者や魔法や道具で見える能力を付与された者で、観光客や別の目的の冒険者には影響がないようになっている。
アカネが差し出したのは赤いアリアドネの糸でギルドが捜索用に使っている物だ。
棒に巻きつけられた糸のような形をしていて、棒を身体に括り付けて糸の先を垂らすと、歩くたびに水が滴るように地面に光る筋が出来る。
実体があるようで、魔法の力を凝縮して誰でも使えるようにした物で、ただの魔力の塊である。
棒の部分も役目を終えると最後には消えて無くなってしまう。
実体がないので見た目以上の長さに目印を付けることが出来るが、音もなく最後には消えてしまうので、残りの量には気を付けていないといつの間にか目印がない状態で歩いている事になる。
3階を捜索する程度なら糸の量は気にする事はないが、道具の質は作った道具士の腕によるらしく、ギルドの道具は香夜温泉の道具屋が作っていてアリアドネの糸は世界最高品質らしい。
俺は他の道具を使った事がないから品質を比べ用もないのだが。
アリアドネの糸を垂らすと、目の前にいくつもの赤い光の筋が見えた。
「この場所は捜索済みみたいだな。全部の通路の先に糸の跡がある」
広場に繋がる通路は5つあるが赤い光の筋が繋がっていない所はなかった。
「あ、しまった!創作されてない所を探そうと思ったのに!全部捜索されてることは考えて無かったよ!」
アカネが頭を抱えて叫ぶ。
バカだ。
まあ、俺も考えて無かったんだが。
顔は見えないが、膝を抱えて、うずくまって落ち込むアカネを俺は可愛いと思った。
広場に繋がる通路の5つの赤い光の筋は、広場に入る道と出る道で3回の出入りがあった事を示している。
時間経過が分かればもっと情報が得られるんだが、俺の家でマツキさんに、この件を聞いた時には発生から1時間経っていると言っていて、俺とアカネはそのまま急いでダンジョンに向かって(支度した道具を戻したり、無駄な動きもあったが)、ここまで1時間も経ってはいない。
捜索隊はマツキさんが俺の家に来る前に動いていたとしても、ここを通ったのは早くとも1時間前くらいだろう。
1時間くらいだと光の色が薄くなるのにはまだ早く、どの光が1番先にここを通ったのかは分からなかった。
考えても分からないので何処かに進むしかないと思って見ると、さっき通ってきた通路には赤い光の筋が2本通っていた。
俺が伝えるとアカネはやっぱり自分も見えた方がいいかと自分にも光の筋が見える魔法をかけた。
「捜索しに行って行き止まりで戻って来たんだね、きっと」
とアカネが立ち上がって赤い光の筋を見ながら#言う。
「俺たちが降りて来た階段からここまで一緒に来てここから別々に捜索を始めたんじゃないか?」
俺が別の可能性を提示する。
「ん〜。あの階段はダンジョンの外れの方にあるから、一階から捜索に来たならわざわざ使わないと思う。別々の階段から捜索するなら使う可能性はあるけど、この通路に続く2本の筋はそれぞれ別の通路に続いてるから、あの階段以外を使ったと思う」
アカネの説明に納得する。
やっぱり地図が頭に入ってないと不便だなぁ。
「ダンジョンの入り口に近い左側の階段から来て、地図でダンジョンの入り口を下になるように見た時に、下から上へしらみつぶしに捜索しているみたいね」
「じゃあ、こっちの右側の2つの通路は別の捜索隊のものか?」
「ん〜、そうだね。左側の通路とも繋がっているけど、結構通路の奥の方だから、この広場に繋がる全部の通路を一つの捜索隊で回るのは時間的に無理だと思う。たぶん、どこかの筋が薄くなったり時間経過がはっきり分かるくらいの時間がかかるから、それがないなら別の捜索隊だよ」
「そうか、なら別の捜索隊は、片方が左側だったら反対のダンジョンの入り口から右側に行くだろ?右側には4階へ行く時に使う階段があったよな?」
3階の地図は俺の頭には入っていないが、4階へ続く階段だけは使う事があり覚えていた。
4階への近道があり、そっちをメインで使う事が多いけど。
「多分そうだと思う。……1番入り口に近い右側の階段のことでしょ?降りるといくつか分かれ道があるんだけど、左側と同じようにしらみつぶしに下の方を奥へ行こうとすると、まずこの部屋に来て、下の通路に向かって行くと右の下を探索して右上に出られるの。そうすると上の方で左右から捜索して合流する形になると思う。捜索隊が何チームあるか聞いてないけど、この2チームで下は捜索出来るから、上の方から探してると思う……」
アカネは少し考え込んでいる。
「ん?俺たちも上の方を探せばいいって事だよな?」
捜索隊が通った後を追いかけても、まだ探し終わって無いところがあるだろうから、アリアドネの糸の光の筋がない方向を探せばいいんだろう。
「そうだけど……、何か引っ掛かる」
3階の地図が分からない俺はアカネが何を悩んでいるのかも分からなかった。
行方不明になってから2時間経って、サラは大丈夫だとしても赤ちゃんは限界なんじゃないか?
泣き出していたらサラだって不安な思いをしているはずだ。
会うのが気まずいとか言っている場合ではない、早く行かないと!
けれど、無駄な処を捜索しても、かえって見つけるのが遅くなるだけだ。
アカネの説明に何か気になる所はあっただろうか?
しばらく俺もじっと考え込む。
「そうか!」
俺は叫んで走り出す。
「え?シロウ?どうしたの?」
アカネも慌てて追いかけてくるが、捜索隊が探していると言った上ではなく下の方向に向かっている事に戸惑っているようだった。
「アカネ、右側の捜索隊と左側の捜索隊の道は下の方で繋がってるって言ってたよな!?」
走りながら俺は聞く。
「繋がってるから、一つの捜索隊でも時間をかけたら回れるんだよな!」
「うん、そうなんだけど……、あ!」
アカネも気付いたようだ。
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