第6話

ダンジョンに入って直ぐに同級生がいた。

頻繁にではないがたまには一緒にダンジョンに潜った仲間のコタニだった。

俺があの日から人との関わりを絶って勉強に励んでいたからコタニがギルドに就職した事を知らなかった。


「サラちゃんは弟のゴロウ君たちとダンジョンに来ていたんだ。冒険者になる為の訓練でね。俺と少し話して奥に進んで行った。その時にちょうど家族連れの観光客がこっちに向かって帰る所だったんだ」

コタニはそう言うとダンジョン内の少し開けた場所を指す。

ダンジョンの入り口の一階は迷宮とは思えないような草木が生い茂る自然豊かな場所だった。

ダンジョン内は太陽の光る日中のように一日中明るく、草木を照らしている。

草木とは言っても外の植物とは違うダンジョン特有の物で魔法を帯びている。

道具を扱えるギルドのメンバーはコレで色々な道具を作るのだ。

中には動く植物もいて、実はモンスターが擬態しているのだが、一階ではあまりに弱く人間を襲うような事はない。

モンスターは太陽の光を嫌い死んでしまうのだが、ダンジョン内の光は限りなく太陽に似ているが違うもののようである。

もう少し弱い光がダンジョンの至る所にあり、鉱物の光らしい。

その光は太陽の光と同じものらしく、明るくとも周りには植物が生える事はなく、モンスターも襲ってこないので安全地帯として冒険者達には知られている。

一階にはその安全地帯はないのだが、モンスターが弱いのであまり問題にならない。

コタニが指差す入り口付近の広場のように開けた場所が休憩場所として利用される。


コタニが指差す方を見ると『立ち入り禁止』の看板があった。

ダンジョンの入り口の広場は何度も通った道だが、この看板は俺の記憶にはない。

「あの看板、最近できたんだ。落とし穴のワープゾーンが移動してきたんだよ」

落とし穴のワープゾーンとは下の階のどこに落ちるかわからないと言うもので、定期的に一階内で場所が変わるのだ。

ずっと一階のかなり奥の方にあったから、小さな頃にはわざと落ちて遊んだが、もう何年も目にする事はなかった。


「小さな子供を4人連れた家族が看板の前を通る時に上の2人の子がふざけて遊び出して、母親と父親はそっちに気を取られたんだよ。その時に後ろにいた双子が立ち入り禁止の中に入っちゃって、俺も気付かなかったけど、サラちゃんが気づいて走り出して一緒に落ちて行ったんだよ。それが1時間前くらいかな」

「その後は混乱して家族を宥めてる間に、ゴロウくん達が『ねーちゃんを助けに行くぞ!』って止める間もなく行っちゃってさ」

なんとなく混乱した状態が目に見えるようだった。

「俺の責任だよ。本当にごめん」

コタニが頭を下げる。

「それは仕方ないさ」

と俺もアカネも慰める。


『立ち入り禁止』の看板は、入り口のこちらからは見やすいが、ダンジョンから戻って来る方からは、たぶん死角になっている。

観光客は入った時のことは忘れて出口に安心して『立ち入り禁止』の場所がある事も忘れているし、最近できたものでギルドでも死角になる事に気付いてなかったんだろう。

ダンジョンの一階は安全とはいえ、移動する落とし穴なんて物があるとやっぱり観光客相手の解放は大変だなぁ。

二、三階も弱いモンスターばかりで、子供でも襲われて死ぬことはないが、迷子になったら大人でも出口が分からず餓死する可能性はある。

だからダンジョン内の出入り人数の確認は特に厳重に管理されていて、外ではカメラが監視しているが、中でも常に数名が警備にあたっている。

今は緊急時でコタニの他に警備は1人だけで、常に警備は2人以上必要だからコタニはダンジョンの入り口を動くことは出来ない。

動けなくてもどかしい思いをしているのだろう。

責任を感じているコタニの為にも早く探そうと思った。


「落とし穴のワープ先はいくつあるんだ?」

俺はコタニに聞く。

「それが分からないんだよ。危険だって事ですぐに立ち入り禁止になったから、試す人がほとんどいなかったんだ」

「そうなのか?俺たちが昔遊んでた頃はランダムだったけど大体10ヶ所くらいに出口は固定されてたと思ったけど」

俺が言うとすかさずアカネが突っ込む。

「違うよ、シロウ。ランダムじゃないよ。いくつかのパターンがあって繰り返してたんだよ。3つ上の6年生の子が調べてたの。遊んだ事のある子全員には話が聞けないから、調べ切ったわけじゃないと思うけど……」

俺はそんな人物から話を聞かれた覚えはないから、たぶん調べきれなかったんだろう。

「ナカジマさんだよね。ギルドで今も研究してるよ。最近も調べたいって言ってたから、後で落とし穴の出口を調べる計画があったんだよ。基本的には2人の言う通りなんだけど、落とし穴が移動するたびに出口も変化して、稀に階層もワープして3階に出る事もあるらしいんだよ。だから、さっきも直ぐにナカジマさんに確認したら、出口は見当もつかないってさ。だから、さっさと研究させれば良いものをって言われちゃったよ」

コタニが、新人の俺には研究の許可を出づ権限ないんだけどさぁと力なく笑う。

「今はナカジマさんも探してくれてるし創作隊も多いし観光客も沢山入ってるんだよ。通常のルートだったらどこかで誰かに会っていてもおかしくないと思うんだ」

コタニの声に真剣味が帯びる。

「2階のずっと奥か3階にいて、3階でも観光客が来ないような所にいるかもしれないって事よね」

アカネが確認する。

観光客はダンジョンの3階まで入っているが、階層が上の方が人は多い。

2階にいれば人のいない場所は限られるが、3階にまで行っているとなると観光客の数は激するから捜索はより広範囲になる。

「捜索隊は2階のすべてを回るように配置してあるから、シロウ達は3階を探すといいよ。3階にも捜索隊は出してるけど全然手が足りてないから」


俺とアカネは3階に行く事にしたが、とりあえず『立ち入り禁止』の看板の先に向かう。

場所は変わっても昔遊んだ落とし穴のワープゾーンがそこにあった。

地面より丸く凹んだ穴の先に紫色の渦が見えている。

穴の周りには植物が繁っていて、看板が無ければ知らずに入ってしまう事もあるだろう。

昔ダンジョンの奥にあった時は温泉街の子供達が集まってよく遊ぶから、周りの植物は踏み荒らされたり摘まれたりで落とし穴は見やすかった。

ダンジョンの入り口に出来てしまい、『立ち入り禁止』にした為に返って落とし穴が分かりにくくなったのかもしれない。


ダンジョンの3階に行くには、1階にいくつもある階段を使って2階に行き3階に行くのが良いが

、2階と3階の階段は離れた場所にあり、2階を階段から階段へ移動しなければならない。

3階の降りたい場所が決まっていれば、最短距離になる階段を使えば良いが、今回は3階のどこでも良いので降りたい。

落とし穴で2階に降りた方が3階への階段に近い可能性がある。

と言う事で、俺とアカネは落とし穴を使って移動する事にする、

俺、アカネの順番で数年ぶりに落とし穴を踏んだ。


体が落ちていく。

ジェットコースターの下り坂を一気に駆け落ちる時の浮遊感が全身を包む。

ジェットコースター以上の速さで風景が目まぐるしく変わり風が体を打ちつける。

この感覚が最高に気持ちよくて、子供の頃は何度も何度も飛び込んだ。

外の子供達が滑り台を滑って楽しむ感覚で温泉街の子ども達はこの遊びをたのしんでいた。

俺は、落とし穴が移動したせいで遊べなくなってる子達が可哀想だなぁと思う。


ふいに足裏に地面が現れて、膝を折って着地の衝撃を吸収する。

アカネも同じく横に立っている。

ワープした先で俺は肝心な事を思い出す。

子供の頃は毎日遊んでいたから覚えていたが、ここ数年はダンジョン探索と言ってももっと深い階層にしか来ていない。

だから2階の様子などすっかり忘れていた。

ぼーっと一瞬途方に暮れると

「やったねラッキー。直ぐそこが3階の階段だよ」

アカネが言う。

「そうなのか?」

俺の間抜けな声に、ジッととした目を向けてくる。

「あのね、シロウ。道も分からずに落とし穴に飛び込んだの?救助に行く方が迷子になったらどうするのよ。地図の乗ってる観光パンフレット持ってくれば良かった。うちの旅館にいっぱいあるのに」

「いや〜、だって来ないだろう。2階なんてもう」

「ん〜、シロウはそうか。強敵モンスターの退治依頼がメインだったもんね。私は道具屋の素材集めとかの手伝いで、ずっと2、3階にも来てたんだよ。シロウがさっき大量に持ってこようとした道具だって二、三階の素材で出来てるんだからね」

とイタズラっぽい瞳でニヤリと言う。

道具を大量に持ってこようとした事を言われると、なんか恥ずかしい。

でも、これはずっと言われ続ける気がする。


いや、必要だろう道具は!

……でも、地図が1番必要だったなぁ。

 

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