第22話『西宮くんのお化け屋敷』

 待ちに待った如月きさらぎ祭一日目。

 天気は絶好の快晴だ。


 俺はというと、朝イチのシフトに入れさせられ、お化け屋敷の裏で作業をしていた。


(楽な買い出し係だったはずなのに……なんでこうなるんだよ……)


 血のりの布を直したり、電球の位置を調整したり、小道具の準備したり。完全に裏方雑用係。

 一方で、隣の月島は──


「きゃーっ! って声が聞こえた! ねぇ西宮、今の絶対すごい顔してたよ!」


 と、作業の合間にお客さんの反応を覗いてニヤニヤしていた。

 どうやら楽しんでるのは、客よりも月島のほうらしい。


「……お前、驚かせ役じゃなくても十分楽しんでるな」


「そりゃそうでしょ~! お化け屋敷は反応を見てナンボなんだから!」


 まあ、悲鳴が聞こえるたびにテンション上がる気持ちも、わからなくはない。

 最初は女子グループがキャーキャー言いながら入ってきて、その後はカップルが腕を絡ませて進んでいった。

 月島が横で「いいなぁ~」と呟いているのを聞き流しながら、俺は壁の段ボールを押さえていた。


 そんなとき──廊下から聞き慣れた声が近づいてきた。


「よし、行くぞ多々良たたら!」


「ちょ、ちょっと待って天城あまぎくん……!」


「ははっ、大丈夫だって!」


 聞こえた瞬間、背筋がピンと伸びた。


(この声……まさか)


 入口のカーテンが揺れ、姿を現したのは──


 れんと多々良、そしてその隣にいる背が高い人は、おそらく桐生きりゅう先輩だろう。


(おいおいおい……この組み合わせって……!)


 心臓が嫌な意味で跳ねる。

 文化祭のお化け屋敷どころじゃない緊張感が、俺の中に広がっていった。


「あっ、さくらちゃんと桐生先輩だ。仲良さそうで安心した~」


 月島は呑気にほほえんでいた。

 ……まあ、そうだけど。

 告白失敗後の関係って大抵ぎこちなくなるけど、多々良と桐生先輩の間にそんな雰囲気はない。


「まあ確かにな。でもさ、二人って彼女持ちだろ? いいのかこれ」


「いやいや、さすがに部活の友達と回ってるって感じでしょ」


 三人は黒いカーテンをくぐり、一気に薄暗い通路へと吸い込まれていった。

 中から響く不気味なBGMと、赤い照明に照らされた壁の血のり。


「ひぃっ……」


 多々良が小さく声を上げ、桐生先輩の袖をぎゅっとつかむ。


「だ、大丈夫だよ。ほら、ただの布だし」


 桐生先輩は困ったように笑いながらも、優しく声をかける。

 その横で蓮が、わざとらしく大声を上げた。


「うおおっ! 出たぞお化けぇー!」


「や、やめてよ天城くん!」


 多々良が涙目で蓮を叩く。


(おいおい……こいつ、完全に楽しんでるだろ)


 俺は布の裏からその様子を覗きながら、ハラハラしていた。

 通路の角に差しかかったところで、骸骨のオブジェが落ちてきた。


「きゃああああっ!」


 多々良が悲鳴をあげ、今度は思いっきり蓮にしがみつく。


(おいおいおいおい! 距離感バグってるって! 白鷺しらさぎさんになんて説明するだよ!)


 三人は笑い声と悲鳴を織り交ぜながら奥へ進んでいく。

 その背中を見送りながら、俺は思わずため息をついた。


 そんな波乱がありつつ、月島と談笑しながら作業していると、入り口にまた見慣れた顔が入ってきた。


(竹須と倉橋? なんでわざわざ自分のクラスのお化け屋敷に?)


「さすがの私でも、何が来るかわかってたらへっちゃらさっ!」


 胸を張る竹須。強がってはいるが、もうすでに声が裏返っている。


「……うーん、ホラー映画の広告見ただけで泣いてたじゃん」


 倉橋が眼鏡の位置を直しながら、あっさりバラす。


「そ、それはノーカンっ!」


 竹須は頬をふくらませて言い返すが、すでに目が泳いでいる。

 カーテンをくぐった瞬間──薄暗い通路から不気味なBGMと赤い照明が襲いかかる。


「ひゃっ!?」


 小さな悲鳴を漏らし、竹須はぴたりと倉橋の背中にくっついた。


「ほら、大丈夫。見なよ、壁に貼ってあるの、ただの絵の具の血のりだよ。みんなで作ったでしょ」


 倉橋は苦笑いを浮かべながら、指を差して説明する。


「わ、わかってるけど! 絵の具だって怖いときは怖いんだよっ!」


(なんで自らお化け屋敷に来たんだ……)


 布の裏で俺は思わずツッコんでしまう。

 通路を進むと、タイミングよく骸骨がガタガタと揺れながら落ちてきた。


「きゃああああっ!」


 竹須は悲鳴をあげて、勢いよく倉橋の腕にしがみついた。


「お、おい蛍姫けいき、歩きづらいって……!」


「やだやだやだーっ! 離さないからねっ!」


 倉橋が困惑しながらも竹須を支える姿は、どう見ても幼馴染以上。

 二人はそのまま半分抱きつくような体勢で奥へ進み、通路の赤いライトに照らされながら消えていった。


 俺は苦笑しつつ、隣の月島にささやく。


「……なあ、あれってもう完全に付き合ってるように見えるんだが」


「うん、でも本人たちは幼馴染って言い張るんだろうね~」


「なんで付き合ってないんだろう」


「まー幼馴染だからこそ言いづらいってのはあるだろうね」


「確かにな」


 そして、自分たちのシフトの終わり際──今回の作戦の当事者が現れた。

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