第23話『京さんのお化け屋敷』

 お化け屋敷の入り口にはみやこ、そして隣にいる、少し日焼けした好青年は榊だろう。


(おお! ちゃんと一緒に文化祭回れてる!)


 京は入口の黒いカーテンを前にして、小さく肩をすくめる。


「自分のクラスのだけど、ちょっと怖いかも……」


「え、京ってそういうの苦手なんだ?」


 榊が意外そうに笑う。


「……うん。だから、もしびっくりしたら……袖、ちょっとつかんでもいい?」


 京はほんの少し恥ずかしそうに言った。

 榊は一瞬きょとんとしたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。


「いいよ。大丈夫、俺が前歩くから」


 その返事に、京の頬がわずかに赤くなる。


「ありがと……榊くん、頼りになるね」


 二人は並んでカーテンをくぐり、暗闇の中へと入っていった。


 ──俺は布の裏から、その背中を思わず目で追ってしまう。

 京が少し榊に近づいた、その距離感が妙に眩しく見えた。


(京……ちゃんと前に進めてるな)


 中に入ると、赤い照明と不気味なBGMが二人を包み込む。

 壁に吊るされた布の影が揺れ、骸骨のオブジェがゆっくりとぶら下がる。


「ひっ……!」


 京が思わず声を漏らし、榊の袖をぎゅっとつかむ。


「大丈夫だって。ほら、ただの作り物だから」


 榊は苦笑しながらも、袖をつかまれたまま歩調を合わせてくれる。


(おお……ちゃんと掴んだ! しかも自然に!)


 俺は布の裏から固唾を呑んで見守る。

 そのとき──通路の角から血のりのついた人形が、ガタリと音を立てて倒れてきた。


「きゃあっ!」


 京は反射的に榊の腕にしがみついた。


「……っ!」


 榊は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた声で京に言う。


「ほら、大丈夫。俺がいるから」


 京は真っ赤な顔で「……ごめん」と小さく呟き、でも腕を離そうとはしなかった。


(やばい、これはアニメでよく見る「お化け屋敷での距離急接近イベント」そのまんまじゃん!)


 俺は布の陰で、心臓が変な意味でバクバクしていた。


 二人はそのまま、笑い声と小さな悲鳴を交えながら奥へ進んでいく。

 その背中は、もうさっきまでのただの友達同士ではなく──どこか特別な関係に見えてしまった。


 横でその様子を見ていた月島が、にやにやしながら俺の脇腹を小突いてきた。


「京ちゃん、いい感じじゃん! このままなら告白も成功しちゃうんじゃない?」


「……まあ、今の雰囲気なら雅ともいい勝負だな」


 思わず期待を込めてそう口にした。


「そういえば、このあとなんだけどさ──昼休みまで一緒に文化祭回らない?」


 月島が、ふいにそんな提案をしてきた。


「俺と?」


「そうそう。友達みんなシフト入っちゃっててさ、暇なんだよね~」


「まあ……俺は別にいいけど」


 本当は部室に引きこもってアニメでも見ようと思っていたが、別に断る理由もない。

 それにしても──まさか月島と二人で回ることになるとは。


「よし決まり! じゃあ最初は……八組のクレープ屋! 絶対おいしいって聞いたんだよね~」


「クレープか……まあ、いいんじゃないか」


 次のシフトの人に引継ぎをした後、クラスから月島が嬉しそうにスキップしそうな勢いで歩き出す。


 校庭の出店エリアは、すでに多くの生徒や来客でにぎわっていた。

 カラフルなのぼりと甘い匂いに誘われて、八組のクレープ屋の前に行くと、そこには長蛇の列が。


「やっぱ人気だね~! よし、並ぼっ!」


 月島が迷いなく列に飛び込む。


「……しゃーないな」


 並んでいる間も月島は「どの味にしようかな~」とメニューをじっと見つめていた。

 俺も月島が持っているメニューを隣から眺める。


(無難にチョコクリームとかにするか)


「よーし決めた! 私はイチゴチョコカスタードクリームにしようかな~。西宮はバナナブラウニーとかどう?」


「おーそうか? まあ別になんでも」


 結局月島はイチゴチョコカスタードクリーム、俺はバナナブラウニーを注文した。


「んん~~っ! 幸せっ!」


 目を閉じて頬を緩ませる姿は、ほんとに美味しそうで……いや、クレープより月島の反応のほうが目立ってるんだが。


「西宮も早く食べなよ~」


「はいはい……」


 俺も一口かじると、濃厚なチョコとバナナの甘さが口いっぱいに広がった。


「……うまいな」


「でしょ! 私にもちょっともらっていい!?」


「ああ、いいよ」


 月島は俺の手からクレープをちょっと器用に取ると、ぱくりと食べた。


「ん~! やっぱりこっちも美味しいっ!」


「なぁ、俺にこれ勧めたの、自分が食べたかっただけだろ」


「えへへ~バレた? でも美味しかったでしょ?」


「ま、確かにな」


 月島は口元を指で拭いながら、にやりと笑った。


「じゃあ、私のも一口食べてもいいよ~」


 差し出されたのは、クリームがたっぷり溢れそうなイチゴチョコカスタード。


「ほらほら~! 早く食べなよ~!」


「わ、わかったって……」


 甘酸っぱいイチゴと濃厚なカスタードが絶妙で、確かに美味しい。


「……これも良いな」


「でしょ! 私の選択眼は間違いなし!」


 月島は満足そうに胸を張った。

 俺はそんな姿に苦笑いをこぼしながらも、心のどこかで「まあ、こういうのも悪くないな」と思っていた。

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