第21話『西宮くんの文化祭前日』

 如月きさらぎ祭前日のこの日、校舎はいつも以上に活気に満ち溢れていた。

 放課後の教室は、生徒たちの熱気でむせ返るようだった。

 俺たちのクラスの出し物であるお化け屋敷の準備は佳境に入っており、絵の具や段ボールの匂いが充満している。


(ああ、面倒くせぇ……)


 心の中で呟きながらも、俺は黙々と段ボールを切っていた。買い出し担当だったとはいえ、最終日は人手が足りないため、結局設営作業に駆り出されている。


 そんな俺の横で、月島は「ここ、もうちょっと血のりっぽくしたほうがリアルじゃない?」なんて言いながら、楽しそうに赤い絵の具を塗っていた。


「月島は楽しそうだよな」


「そりゃそうでしょ~! 前から楽しみにしてたんだし!」


「そりゃそうか」


「だって、青春じゃん? こういうイベント、楽しまなきゃ損でしょ~」


 そのキラキラした笑顔に、俺は思わず心の中で呟く。


(青春か……)


 正直、早く帰ってアニメを観たい気持ちが占めているが、月島がこれほど楽しそうにしているのを見ると、まあいいか、と思ってしまう。


 ふと、教室の隅に目をやると、倉橋と竹須が何やら話していた。竹須が持つ大きな模造紙に、倉橋が楽しそうに何か描き込んでいる。


「せーいち、この目玉のお化け、もっと可愛いのにしてほしいぞっ!」


蛍姫けいき、可愛いお化け屋敷なんて誰も怖がらないだろ」


(あの二人、本当に微笑ましいな。ラブコメ臭がすごい)


 あんな風に当たり前のように一緒にいる幼馴染同士を見ていると、きっとそのうち付き合うんだろうな、とアニメ脳がささやく。


 お化け屋敷の準備も終盤に差し掛かった頃。

 俺と月島は、血のりまみれの布を壁に貼り付けていた。


「これで明日、どれだけ悲鳴が上がるか楽しみだね~」


 月島が満足げに笑う。


「当日の驚かせ役はほかに任せて、サボるかぁ……」


 俺の発言に、月島は「はいはい」と適当にあしらう。


 そんな会話をしていると、京が近くにやってきた。


「ちょっと抜け出していいかな?八組の準備を見に行く約束を榊くんとしたんだよね~」


「お~良かったじゃん!行ってきな行ってきな!残りの作業は西宮がするから」


「おい」


 俺のツッコミを無視して、月島はニヤニヤ顔で背中を押す。

 京は顔を少し赤らめて、でも嬉しそうに笑った。


「ありがとう! 行ってくる!」


 そう言って、文字通りスキップでもしそうな勢いで駆けて行った。

 その背中を見送りながら、月島がぽつりと漏らす。


「京ちゃん、『恋する乙女』って感じだね〜」


「ああ……明日明後日が、本番だ」


 文化祭は学校全体のイベントでもあるが、京と雅にとっては「告白決戦の舞台」でもある。

 そう考えると、血のり臭い教室の中でも妙に胸がざわつく。


 月島は筆を置き、俺を覗き込むように笑った。


「西宮はどっちを応援してるの?」


「は?」


「だってほら~。西宮、二人の作戦会議に付き合ってきたじゃん? 京ちゃん派? 雅ちゃん派?」


「いやいやいや! 俺は相談を受けただけだから!」


 必死に否定する俺を見て、月島は「ふふっ」といたずらっぽく笑った。


「ま、どっちに転んでも青春ドラマだよね~。……楽しみだね」


 そう言って視線を窓の外にやる月島の横顔が、いつもより少し真剣に見えて、俺は言葉を飲み込んだ。


(楽しみ……か。俺にとっては、胃が痛いイベントでしかないけどな)


 教室の熱気は最高潮に達し、文化祭当日が静かに近づいていた。

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