第19話『西宮くんの週末』
──週末。
てっきりまた薬師寺家に呼ばれるのかと思いきや、場所は駅近くのカフェになった。
(なんでこういう誘いは俺にできるのに、榊にはできないんだよ……)
そう思いつつも、榊は「大切な好きな人」で、俺は「ただの相談相手」。その差だろう。
集合時間の三分前に駅の東口に着くと、すでに京が立っていた。
白いブラウスに落ち着いた色のスカート。大人びた私服がよく似合っていて、普段制服姿しか見ていない俺にはやけに新鮮に映った。
「すまん、待たせた」
「私もちょうど着いたとこ~」
笑顔を浮かべる京と合流し、そのまま目の前のビル二階にあるカフェへ。
木目調の落ち着いた店内で、俺はアイスカフェラテを、京はアイスココアを頼んだ。
ドリンクが届くや否や──
「やっぱり私、榊くんが好き!」
唐突に飛んできた宣言に、思わず持ち上げたストローを止める。
「お、おう……そうか」
「なんかね、榊くんのこと考えれば考えるほど、一緒にいたいって思うんだよね!」
昨日まで「好きってなんだろう」って悩んでたのに、もう答えを出してきた。
この短期間で腹を決めてきたらしい。
「……で、何かアプローチはできたのか?」
「うん! 前に西宮くんが言ってたみたいに、話の流れで文化祭一緒に回れないか聞いてみたら、オッケーもらえた!」
「おお……すごいじゃん」
覚悟を持った京の一歩は、思ったよりも大きかった。
これなら順調に距離を縮められるんじゃないか、そう思った矢先──
「でも、これだけじゃダメなんだよ。もっと……もっとアピールしないと」
「いやいや、そんなに焦らなくてもいいって。人には人のペースがあるし」
俺が制止しようとするも、京は小さく首を振った。
その表情は焦りと不安が入り混じっていて、落ち着きがない。
「このペースじゃ……私、負けちゃう……。だって……見ちゃったんだもん」
京はグラスを両手で握りしめながら、言葉を絞り出す。
「下校中に……雅と榊くんが仲良さそうに並んで歩いてるの。笑いながら……楽しそうに」
前言っていた、一緒にアイスを食べに行ったときだろうか。
雅がLINEで喜んで報告してきた『榊と放課後にアイス』──
その後に二人で帰る姿を、京は見てしまったのだろう。
京の瞳には、明るい店内の照明よりも、揺れる不安の影が強く映っていた。
「ねえ、西宮くん。私、このままじゃダメだよね? もっと、もっと積極的にならなきゃ……」
「いや、別にダメってことは──」
言いかけた俺の言葉を遮るように、京は前のめりになる。
「だって雅、すごく行動力あるじゃん。もう榊くんと一緒に遊びまで行ってるんだよ? このままのんびりしてたら、私なんて追いつけない……!」
テーブルの上に置かれた京の指先が、小さく震えている。
普段は冷静に見える京が、ここまで感情を露わにするのは珍しかった。
「だから……文化祭で回るだけじゃ足りない。もっと強いアプローチをしないと」
「……強いアプローチって、例えば?」
「……わかんないや……どうすればいいかな……」
どうも焦りすぎて出た発言らしい。
焦る気持ちもわかるが、この状況で打てる手って……
(部活帰りに一緒に帰る、とか……だが榊と雅は同じ部活だ。雅を差し置いて京だけが一緒に帰るってのは難しいだろう。週末に誘ってどこかに一緒に行く……のは急すぎる……じゃあ、アニメによくある玉砕覚悟の告白か?……成功するとは思えない)
現実の状況と、アニメデータベースから参考になりそうなものを考える。
俺は脳内のアニメデータベースを高速検索してみる。
──幼馴染ルート、敗北フラグ。
──三角関係ルート、泥沼展開。
──文化祭イベント、定番の分岐点。
(……やっぱり今は文化祭に全力を注ぐべきだな。それ以上は逆効果だ)
俺は少し前のめりになり、真剣に言った。
「強いアプローチを無理に考えなくていい。むしろ今やるべきなのは、文化祭で『榊と一緒にいて楽しい』って思わせること。それが一番効く」
京は小さく瞬きをして俺を見る。
「でも、それって……本当に足りるの?」
「足りるはずさ。文化祭で一緒に回るって、それだけで大イベントなんだ。非日常だし、思い出になる。だから無理に『強い何か』を足すんじゃなくて、その時間をどう楽しく過ごすかを考えるべきだ」
「……楽しく過ごす……」
京はぽつりと呟き、ストローを止めた。
「例えばさ、文化祭でクラスのお化け屋敷回って、『怖いから手繋いで!』とか、そういう自然な流れならアリだと思う」
「な、なにそれっ……!」
京は顔を真っ赤にして俺を睨んだ。
「いや、例えだって! 例え!」
……とは言ったものの、割とアリだと思っているのは秘密だ。
京はまだ頬を赤くしながら、でも少し笑っていた。
「あとは、インスタで毎日やり取りしたほうがいい。会えなくても接点を持ち続けることは大事だ」
「わかった! 頑張ってみる!」
ココアのグラスを手にした京が、カランと氷を鳴らしながら、まっすぐに俺を見据えて言った。
「……ありがと、西宮くん。なんか、頭の中が整理できた気がする」
「お、おう。なら良かった」
俺は思わず視線を逸らした。
あまりにもまっすぐに見られると、どう返していいか困る。
けれど京は構わず続ける。
「文化祭、絶対に成功させる。雅に負けないように」
その言葉は軽い冗談なんかじゃなかった。
テーブル越しに見つめる瞳は、さっきまで焦りに揺れていたのが嘘のように澄んでいて──
その奥に、決意の炎がはっきりと宿っていた。
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