第18話『倉橋くんの幼馴染』

体育の後のLHRは、教室全体が眠気に包まれている。


「はーい、それじゃあクラスの出し物は──『お化け屋敷』に決まりました~」


担任のゆる~い口調とともに、出し物と班分けが発表された。


(お化け屋敷ねぇ……)


まぶた半開きの状態で聞き流していたが、どうやら俺の班は「買い出し担当」になったらしい。

LHRが終わると、前の席の月島がくるりと振り向いた。


「お化け屋敷だって~。去年、友達と入ったらマジで怖かったけど、今年はやる側だから楽しみ~!」


「それは何より。俺らの担当は買い出しってのもポイント高い。地味だし、ちょっとサボってもバレなさそうだしな」


「いやいやいや、文化祭は準備から楽しむものでしょー!」


まぶしいくらいテンション高めな月島に、やや押され気味で返事を濁していると、隣から話しかけられた。


「西宮くん、買い出しの日はいつにする?」


「まあ、準備日の前日とか? まだ買うものとかも決まってないっぽいし」


倉橋くらはしも俺らと同じ班で買い出しの担当だ。

隣の席ということもあり、休憩の時間などにたまに話している。少年誌の漫画や超メジャー級のアニメなら倉橋も知っているから、俺でも話しやすい。


そこに、倉橋の前の席の竹須たけす──白い大きなリボンがトレードマークの小柄女子が、元気よく顔を出してきた。


「せーいち! 私はお菓子とかチョコとか、そういうのが欲しいぞっ!」


蛍姫けいき、買うのはお化け屋敷の小道具とか装飾品だよ」


「そーかぁ……」


竹須は、ぺこりとしぼんだ声でしょんぼりする。


なんだこの光景。

見慣れてるけど、いつ見ても微笑ましいというか──ラブコメ臭がする。

弓道部のふたりだし、雰囲気からしても、同じ部活以上って感じだ。


そんなふうに観察していると、月島がふと思いついたように竹須に声をかけた。


「蛍姫ちゃんって、倉橋くんとほんと仲いいよね~。もしかして、付き合ってたりして?」


(うわ、結構ストレートにぶっこんだな……)


竹須は一瞬、目を丸くしたあと──

じわりと顔を赤らめて、目をそらす。


(あ、これあれだ)


恋する幼馴染女子と、鈍感系男子。

そして──


「いやいや、ただの幼馴染だよ」


はい、出ました。お決まりのセリフ。

でもなんだかんだこういう関係は、最終的には付き合うってアニメで知ってる。

どうぞ末永くお幸せに。


そんなことを考えていると、倉橋からカウンターが飛んできた。


「お二人さんも最初から仲が良さそうだったけど、付き合っているのかい? たまに恋愛がどうとか聞こえてくるけど……」


俺が少し驚いて固まっていると、月島がチラッとこっちを見てから、ふにゃっと笑った。


「いやいや、こっちもただの幼馴染だよ~。恋愛云々ってのは、実は西宮が恋愛相談を受けてるんだよね~」


「ちょっ」と声がこぼれた俺を、月島は人差し指でつついてにやにやしてる。

別に隠してるわけではないけど、人に広められるのもなあ。


「おーすごいっ! どんなふうに解決してるのっ!?」


竹須がパッと食いついてくる。目がキラッキラしてて、完全に興味津々モードだ。


「いやいや、すごくないすごくない……内容は企業秘密ってことで」


はぐらかすように答えると、竹須は「えー」と小さく唇を尖らせた。

ってか今考えると、そもそも自分は恋愛相談を解決できているのだろうか。


「とりあえず、買い出しするものとかは早めに委員に聞いて決めよっか」


「オッケー! 意外と準備まで早いしね~」


倉橋は元の話題に戻すと、カバンを持ち上げて部活に行く準備をする。

竹須も「また明日っ!」と元気よく手を振って、倉橋とふたり並んで教室を後にした。

身長差はたぶん三十センチくらい。

小柄な竹須が隣をぴょこぴょこ歩く姿は、なんとも微笑ましくて──


「あの二人、いい関係だなあ~」


と、月島がぽつりとつぶやいた。


「ま、時間の問題だな。きっとそのうち付き合ってる」


そう返すと、月島はうんうんと頷いてから、みやこに話しかけられて、前の席に身を乗り出す。


それと同じタイミングで、スマホがぶるっと震えた。

通知画面を見ると──送信主はみやびだった。月島経由で繋がったLINEに、メッセージがひとつ。


なぎさくんに放課後一緒にアイス食べに誘えた!』


(おお……マジかよ)


昨日のアドバイス──「理由をつけて誘う」ってやつ──をそのまま使ったのかは分からないけど、結果として一歩踏み出したことには違いない。


(……もう、アドバイスなんて必要ないかもな)


雅に足りなかったのは、一歩踏み出す勇気だけだったんだろう。

行動力は十分すぎるくらいある。


スマホをポケットにしまいながら、前方に目を向ける。

月島と京が、何やら小声で話しているのが耳に入ってきた

断片的だが、どうやら昨日話した、「好きって何だろう」というテーマで語っているらしい。

ゆるい放課後みたいな雰囲気で、真面目に、でも少し照れくさそうに。


(……なんだか、らしいな)


京は相変わらず一歩引いた視点で物事を見ていて、でも、少しずつ踏み出している。

進むペースは違うけど、二人とも近づくことができている……気がする。


ふと、夕方の光が差し込みはじめた教室の、窓の外を眺める。


この物語の「結末」を決めるのは、俺じゃない。

彼女たち自身が決めることだ。

俺はその少し後ろから、ただ、見届ける役なんだろう。

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