第17話『西宮くんの名前』
──薬師寺家からの帰り道
「車でお送りしますよ」とメイドさんに丁寧に言われたが、月島に薬師寺家から俺や月島の家までは徒歩十五分ほどの近場だと言われ、二人で歩いて帰ることにした。
「それにしてもさぁ、西宮は大変だね~」
月島が、軽い口調でぽつりと呟く。
「私は京ちゃんの相談しか聞いてないけど、西宮は二人の恋愛相談を解決しないといけないからね~」
「……いや、大変なのは別にいい。ただ──」
言いかけて、空を見上げる。雲ひとつない、星のよく見える夜だった。
「雅と京の好きな人が、同じってのが……つらいな。どっちかは必ず負ける。それを見届ける側でいるのって、けっこう心にくるんだよ」
「……そうだね……」
月島は足を止めず、でもどこか遠くを見るように、静かに言った。
「告白して、もしうまくいかなかったら──そのあと気まずくなっちゃうこともあるかもしれない。関係が壊れちゃうかもしれない。でも、それでも、 『好きだった』って気持ちにウソをつかないでいられるなら、いいんじゃないかな。たとえ傷ついても、後悔しないなら、ちゃんと前に進めると思う」
横顔には、どこか切なげな光が宿っていた。
その話を聞き、また
そんなことを思いかけた俺の気配を察したのか、彼女は突然笑顔を作って、軽く肘で俺の脇をつついてくる。
「それより~。さっきの西宮にはびっくりだよ?」
「……え?」
「『京』とか『雅』とか、名前呼びしてたじゃん。いつから女子の名前呼びできる人になったの~?」
「いや違うから……双子だから……名字で読んだらわかんないでしょ」
俺は手を横に振って否定する。
「ふーん?」
月島は口角を上げ、ニヤニヤした顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「そんなこと言って~。私のことも名前で呼ばなくなったくせに、京ちゃんと雅ちゃんは別か~」
「それで言ったら、月島も俺のこと名前で呼ばなくなったじゃん。お互い様でーす」
「むぅ。たしかに~」
冗談めかして言い合いながらも、どこか懐かしい気持ちが胸の奥に湧いてくる。
そういえば、小学生の頃は自然と名前で呼び合っていた。
だけど中学に入って、なんとなく空気を読んで、名字呼びに変わって──
それが習慣になってしまった。
「ま、今はみんな名字呼びだもんね~」
月島は、少し肩をすくめて笑った。
「ま、そういう文化ということで」
幼馴染の蓮は今でも名前で呼んでいるが、月島は名字で呼んでいる矛盾からは目をそらす。
そんな軽口をたたいているうちに、家の近くのT字路まで来た。
ここで、俺と月島の道は分かれる。
「とりあえず、ふたりの戦略はまた考えてみるわ。文化祭のこともあるし、そこも絡めてな」
「おっ、期待してるよ~」
月島が、軽く手を振って笑う。
「じゃあ、また明日ね。……冬真」
最後の一言は、不意打ちだった。
そんな俺の表情を見た月島は、いつも以上にニヤニヤと笑顔を浮かべて去っていった。
「……おう。……また明日」
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