第4話『多々良さんの作戦結果』

 翌朝、俺はスマホの着信音で無理やり現実に引き戻された。


「……っ、だ、誰だよ……まだ夢の続き……」


 画面を見ると「天城蓮」の文字。

 時計を見れば、まだ朝の六時半。

 普通の高校生なら、布団の中で二度寝タイムだ。


「……おい、早すぎだろ……」


 仕方なく通話ボタンを押すと、耳に響いてきたのは予想通りの元気すぎる声だった。


『おーい、冬真! 起きてるか!?』


「いや、寝てたわ……ていうか、お前朝練中じゃなかったか……?」


『そうだよ! 今ランニング休憩中! でな、多々良が冬真に「来れたら今から来てくれないか」ってよ?』


「……いや、今からって……」


『頼むなー! じゃ、がんばれよ恋愛マスター!』


「だからその呼び方やめろって──」


 ブツッ。


 通話が切れると同時に、俺はベッドから飛び起きた。

 慌てて制服をかき集め、歯ブラシをくわえたままカバンにノートを突っ込む。


(……偶然演出作戦、か。あれで本当に桐生先輩と話せたのか……)


 疑念と期待と、ちょっとした不安が胃の中でぐるぐると渦巻く。


──────────────────────────────────────


 ──そして学校。


 アニメ研の部室の扉の前で、多々良が待っていた。

 制服の袖をぎゅっと握って、緊張した様子で俯いている。


「ど、どうも……」


 声をかけると、彼女ははっとして顔を上げ、小さな笑顔を見せた。


「こんな朝早くから来てくれて……ありがとうございます。申し訳ないと思ったんですが、居ても立っても居られなくて……」


「い、いや……別に……それよりも、部室に入って待っててもらってよかったのに」


「それはちょっと、申し訳ないと思って……」


 多々良は小さく首を振り、気まずそうに視線を逸らした。


 部室に入り、向かい合って座る。

 昨日のことが気になって仕方ない俺は、すぐに口を開いた。


「……で、どうだったんだ? 昨日の作戦は」


 多々良は一瞬息を止めるように固まり、やがて小さく息を吸った。


「……渡せました。差し入れ……ちゃんと、渡せたんです」


 思わず俺は小さく拳を握った。


「そ、そうか……! で、桐生先輩は……?」


「びっくりしてて……でも、 『ありがとう』って、ちゃんと言ってくれました。少しだけ、お話もできました」


 多々良の瞳が微かに潤んでいるのがわかる。

 けれど、その表情には確かに小さな達成感があった。


「それは……よかったな」


 声に出すと、思ったよりも素直な響きになってしまった。


「でも……これから、どうしたらいいか……わからなくて……」


 多々良は顔を伏せ、小さな声で呟く。


「先輩……私のこと、まだ『マネージャーの一年』くらいにしか思ってなくて……どうしたら、もっと近づけるんだろうって……」


(ああ……このパターンは……!)


 頭の中でアニメ脳が一斉に動き出す。

 脳内の「恋愛アドバイス辞典」がめくれる音が聞こえる気がした。


「……よし。次の作戦を考えよう」


 多々良が驚いたように顔を上げる。

 その目は、昨日より少しだけ強い光を帯びていた。


「次は、『必要性作戦』だ。偶然じゃなくて、桐生先輩にいてくれて助かったって思わせる状況を作るんだ」


「いてくれて……助かった……」


「そうだ。例えば、練習後の片付けを一人でやってるときにさりげなく手伝う。『この子がいると助かる』って思わせることができれば、先輩の意識は自然に向く」


「……!」


 多々良の表情が一気に明るくなる。


「わ、わかりました! 私、頑張ります!」


「お、おう……!」


「また……相談、聞いてくれますか……?」


「……ああ。もちろん」


 多々良は、昨日よりもずっとしっかりとした足取りで立ち上がった。

 そして、柔らかい笑顔を浮かべると、深く頭を下げる。


「ありがとうございます!」


 その笑顔を見ながら、俺はただ、無言で見送るしかなかった。

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