第5話『月島さんの提案』

 教室に入ると、月島は俺を見た瞬間、にやにやと笑いを堪えきれない顔になった。


「『西宮くんの恋愛相談』はどうなったの~?」


 開口一番、予想通りの質問が飛んでくる。

 その顔、完全に面白がってるだろ。


「好きな先輩がいるらしくて、昨日は『偶然を装って話しかけろ』ってアドバイスした」


「へ~? で、それでどうなったの?」


 俺が席につくと、月島は机に身を乗り出してきた。

 やめろ、その好奇心全開の目。


「さっき聞いた感じだと、うまくいったらしい。これからは先輩に必要性を感じさせるように行動するようアドバイスした」


「お~! うまくいってんじゃん! さくらちゃんもそうだけど、西宮も女子と話ができるなんて。しかも個室で」


「誤解を招く表現はやめてくれよ……」


「いやいや、事実だよ? 二人きりの密室で、真剣な相談タイム……うわ、これはもう青春ドラマだねぇ」


「やめろって……そういう言い方すると、なんか余計に恥ずかしいんだが……」


「それにさ、いつの間にそんなに女子と会話できるようになったの? 『現実の女子とは三秒以上目合わせられない』西宮冬真さんが」


「例外だって言ってるだろ……ていうか、あれはあくまで……状況が特殊だから……」


 月島は爆笑し始めた。

 やめてくれ、本当に注目されるから。


「いやぁ……冬真が相談役してるってだけでも面白いのに、ちゃんと結果まで出してるとか……ちょっと尊敬するわ」


「尊敬いらないから、マジで黙ってろ……」


「でもさ、これからも相談に乗るんでしょ? 下手したら、どんどんエスカレートするんじゃない?」


「……エスカレート?」


 月島はにやっと笑い、わざとらしく小声になった。


「例えば、『相談してるうちに気づいたら恋心が芽生えてた』とか? あっ、これラブコメ的に王道展開だよね~?」


「ない、絶対にない。何言ってんだお前は……!」


「わはは! いやぁ~青春だねぇ!」


 そう言いながら、月島は俺の頭をポンポン叩いてきた。

 幼馴染だから許される動作だが、めちゃくちゃ屈辱だ。


「はー、面白かった。じゃ、次の報告も楽しみにしてるわ、西宮先生!」


「もうやめろ……!」


 俺が頭を抱えて机に突っ伏すと、月島はまだ笑いながら自分の席に戻った。


 ……こうしてると、やっぱりこいつは最悪の幼馴染だと思う。


(でも、まぁ……次、何をアドバイスするか、考えないとな……)


 ──そして、昼休み。


 一人で弁当をつついていると、扉がガラッと開いて、元気すぎる声が飛び込んできた。


「冬真! 多々良の相談乗ってくれてありがとな! うまくいってるらしくて良かった!」


「そうだな……思ったよりもうまくいってる」


 箸を動かしながら、俺は控えめに答えた。

 それでも、蓮は満面の笑みで俺の机にずいっと寄ってくる。


「そういえばさ、多々良がまた相談したいってよ!『今日の放課後、またどうだ?』って!」


「は、早くない……? まさか、さっきの朝練の時間にもう実行したのか……?」


「さぁなー! でも、乗り気っぽかったぞ! いいか? 伝えとくぞ!」


「……まぁ、いいよって伝えといて」


 そんな話を横で聞いていた月島が、ぴくっと反応して振り向いた。

 その顔は案の定、にやにやモード全開だった。


「え、ちょっと待って、連絡先交換してないの? LINEとか交換すればいいのに~」


「い、いや、ちょっと……!」


「えー? 私以外の女子のLINE、初獲得チャンスじゃん!」


「やめてくれって……! LINEは無理なんだって……! ていうか月島とすら滅多にしないんだぞ……!」


「ははっ、練習練習! 個室で相談聞けるんなら、LINEくらいいけるって!」


「いやいや……!」


 月島は楽しそうにケタケタ笑うと、そのまま前の女子たちとの会話に戻った。

 なんか、もう色々と自由すぎる。


「……ということで、冬真、放課後よろしくな!」


「……おう」


 蓮は満足げに頷き、俺の肩をバンッと叩いて去っていった。

 机の上の弁当がやけに静かに見える。


(……はぁ。今日も平穏な放課後とは無縁か……)


《@九条:すまん、今日も一人にしてくれないか》


 九条にLINEを送ると、心の中でため息をつきながら、冷めかけた卵焼きを口に放り込んだ。

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