第3話サカナで喧嘩

その壱



 その日の夕食のオカズは、焼き塩鯖(さば)だった。


 辛島の祖母は、風呂上がりに新聞を読みながら煙草を吸っている祖父の為に、慌ただしく夕食の支度をしている。国営放送のニュース番組がその日一日の終わりを告げているかのように、その日にあった出来事や明日の天気予報を報せてくれている。


 程なくして、炊きたてのご飯二人分、おみおつけ(お味噌汁のこと)、箸休めの小鉢の煮物、サラダと、本日の主役の『焼き塩鯖(さば)』に『すだち』を半分に切ったのを一つひとつ添えて、食卓を整えた。


「ご飯ですよ。」


 祖母に声をかけられ、新聞を四つ折りにして、灰皿に煙草の赤い頭をねじ伏せて、火を消すと、祖父は四角い焼き魚用の長皿の上にある物を見て、少々不服な顔をした。


 「いただきます。」


 祖母は元々鯖(さば)が好きだったので、活潑(かっぱつ)にお箸が進む。祖父は、躊躇(ためら)いながらも、渋々お箸を持ち、嫌々鯖(さば)に手を付けた。


 咀嚼(そしゃく)した後、おみおつけで鯖(さば)を喉の奥に流し込んだ祖父は、

「これは何だ(What is this?)。」

祖母は、祖父が鯖(さば)嫌いであることを思い出した。が、知ったこっちゃない、黙って食べろ!とでも言わんばかりに、

「鯖(さば)です。」

と、答えた。


 すると、祖母の心中を読んだのか、仕方なくもう一口…。


 小鉢の上にお箸を静かにおいて、腕を組み、目を閉じ、眉を顰(しか)める…。


 喉の奥に、一口分の鯖(さば)を追い払って、再度、

「これ は 何だ(What is this ?)。」

祖母は少しイラッとして、

「鯖(さば)です。」


 もう暫くして、祖父は、もう一度魚に手を付けて、日本茶で喉の奥に鯖(さば)を流すと、

「これは何ですか(What's this!?)。」


 すると、堪忍袋の緒が切れた祖母は、

「鯖(さば)ですってば!!」


 我慢ならなくなった祖父は、食卓に乱暴にお箸を叩きつけると、

「もういいよ!!」

と言って、簡単な、きちんとした身なりに着替えて、財布を持って、何も言わずに出かけていったという。


 恐らく、近所の洋食屋か、ラーメン屋さんにでも食べに行ったのでしょう…。


 因みに、その日、祖父が『焼き塩鯖(やきしおさば)』を食べる事は無かった。


 嫌いな物の、無理強いは、良くない。



その弐


 その日の夕食のオカズは、鯵(あじ)の開きだった。


 深夜に帰宅した父は、五分間のうちに風呂を済ませて(逆上せやすいので)、麦酒(ビール)片手に塩枝豆を摘んでいる。


 程よく湯冷めると、

「メシにしてくれ!」

母が温めた大根のおみおつけと、鯵(あじ)の開きの焼いたの、ご飯にサラダを持ってきて、食卓に並べた。


 鯵(あじ)の開きを見て、凍りついた父は、思わず開きに鼻を近づけて匂いをクンクン嗅ぐと、

「うげあぁぁぁ!」

と、悲鳴を上げる。それを見た母が、

「何よ!」

と、不機嫌になった。


 父が狼狽して、

「これは、何だ!」

と、母に問う。

「見ればわかるでしょ!鯵(あじ)の開きですよ。」

それを聞いた父は、露骨に嫌そうな顔をすると、魚が嫌いなものだから、

「げっぐっぎょ!猫の餌!!」

と、母に向かって吐き捨てた。そして、ありったけの理不尽な言葉を母にぶつけてやった。


 案の定、その後父は、腹を立てて、右手に包丁を持って振り回す、鬼の形相の母に、家中追い回されることとなった。


 自業自得である。


 出されたものは、黙って食べろ!!


 唯一、この夫婦の、二人の子どもたちは、

静かな夜の、穏やかな夢の中………。





       『サカナで喧嘩』(おしまい)

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