第2話きびだんご

 私が二つか、三つか、それくらいの時の話である。


 父方の祖父の家に、叔母が『岡山のきびだんご』を届けてくれたことがあった。岡山は叔母の嫁ぎ先の(仮名)坂本家の姑の実家がある所で、そこを叔母が訪ねた際には、必ずお土産に『きびだんご』を買って帰って来る。

 そして機会があれば、それを持って、父方の祖父の家に挨拶に来るのである。


 父方の祖父母は毎日三時にお茶を嗜むのを習慣にしており、特に、祖父は甘い物には目が無い人だった。

 だから、この度の叔母の手土産を大変喜んでいた。


 その頂いた手土産の、『きびだんご』を頂いたその日の夜に、祖母が居間の四角い黒塗りのちゃぶ台の上に、封を開けずにそのまま、ポンと、置いておいた。


 そこをたまたま通り掛かった小さい私が、目ざとくも『きびだんご』の箱を見つけてしまう。


 字も読めない年齢の私は、紙の包みで包まれた、白い箱の中身が『お菓子』である事を瞬時に見抜いた。箱のそばには誰も居らず、犯行に及ぶには絶好の、良いタイミングである。


 私は、まず、紙の包みを両手で乱暴に引き裂いた。


 そして、菓子の入っている箱の蓋をそっと開けた…。


 中を見ると、そこには20個位の、黄色がかった小さな団子が、箱の中に規則正しく並んでいた。そして、その団子が入ったトレーは、その全体をフィルムで包んであった。


 しかも、そこから視線をちょっと移動させると、なんとうまい具合に、ハサミがある!


 私は、小さな手でハサミを使って、器用にも『きびだんご』のフィルムを開けてしまった!


 フィルムに開けた穴から手を突っ込み、手前の団子をひとつ掴むと、それを丸々一個ほうばった。


 団子を味わい、ほのかに甘くて、上品で古風な舌触りを口いっぱいに噛み締めていると、突如、頭上に父の雷が堕ちた。


「コラ!他所の家の食べ物を勝手につまむな!!」


 私は、一本の木が雷に打たれ、バリバリと裂けて燃えてしまった、あの衝撃を瞬時に想像した。


 それから、お父さんは怖すぎた。何が怖いかって言えば、怒った時の目の表情が怖いのである。


 その目の表情を具体的に説明しろと言われたら、どうしたら良いであろう?


 あの、父が怒った時の目の表情は、筆舌に尽くしがたい…。


 とにかく、怖くなった私は、団子を口の中に入れたまま、大声で泣き出した。



 泣き声を聞き付けて、祖父が静かに居間に入って来た。


 祖父は、怒って険しい顔をしている息子と、びぃびぃ泣いている私と、包が乱暴に破かれたきびだんごの開いている紙箱を見て、状況を瞬時に理解した。


 祖父が、息子に向かって、

「まぁまぁ、一つ位良いじゃないか?お腹が空いていたんだろうし、美味しそうだから、食べたくなったんだろう??そんなに凄い顔しなくても…。」

と、言いかけると、今度は息子が、

「お父さん達のお菓子じゃないですか?お父さんはなほに対して甘すぎます。もっと、きっちり叱らないと!!」


 父が最後まで言い終わるか終わらないか、私は傍から見ても聞くに耐え難い声をあげて、団子を口に入れたまま、夜の、真っ暗な廊下へと、飛び出して、何処かへ行ってしまった。



 その後の事は、正直よく覚えていない。


 おそらく、あの後母の所へ行って話を聞いてもらい、なだめられて、布団に入って寝かしつけられたのだろう。



 あれから、もう随分と年月が経った…。

今でもたまに、叔母からだけでなく、他の方からも、きびだんごをもらう機会はある。


 そして包みを見るたびにいつもそうなってしまうのだが、あんなに怒った父の顔が怖くて泣いていたはずなのに、


大人になった私は『岡山のきびだんご』のパッケージデザインを見ると、『きびだんごのつまみ食い』を思い出してしまい、


一人で、プッと、吹き出して笑ってしまうのであった…。





        『きびだんご』(おしまい)

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