第5話
次の週のゼミは教授の都合で休講になった。入ってくれといわれて顔を合わせてから、歓迎会という名の飲み会しかやってないが、その飲み会がまあ、なんというか酷いものだったので、参加していた各人にもホッとしたものはいるだろう。
俺は聴講生の立場をフルに生かして、単位とかレポートとか関係なく、興味の湧いた講義には気軽に参加しているのだが、気軽に話しかけてくれる友人というものがそれほどいない。
まあ、煌めく大学生の中に、一人だけ明らかに年齢層が上の男がいれば、それはそうだろうと思う。
しかし、少ないというだけで、ゼロという訳でもないのだ。
「あ、やっぱいたー。真面目だねえ」
その数少ない例外が、この間知り合った、こいつ。
「そりゃまあ、無理やり通わされてるわけでもないしね。俺の場合は、好きででてるやつだから」
「ま、そりゃそうか」
しばらく話してみるとわかるのだが、爽子は最初の印象通り、実にさっぱりとした性格で、男女ともに友人が多い。
一緒にいて楽な『親友ポジ』に見えるし、実際そうなんだが――言いたい事をずけずけ言うせいで少し苦手に感じるヤツも多いようだ。
先日のゼミの歓迎会の時、行きがかり上の理由で俺の家に泊まったのだが、距離を詰めるのが上手いので、それ以来なにかと話しかけてくる。
「爽子はあんま授業でてないのか?」
「でてるわ。いや、そうとも言えないか。まあサボったり休んだりはするね」
「自分で選んだ学校で、自分で選んだ講義でしょうが」
「いやまあ、そりゃそうなんだけどさ。いや?そうともいえないか?少なくとも六郎みたいな理由で通ってるわけじゃないか。消去法で選んだ講義とかもあるわ。単位とりやすいとか、出欠とらないとか」
まあ、世の大学生にもそういう人は多いかもしれない。
「いや、あたしの事はいいのよ。六郎くん、なんかあちこちの講義にでてるんでしょ?」
「聴講生は、単位の計算とかしなくていいからね。気になった講義はとりあえず参加してみてるな。ホントは、入学しようか迷ったんだが聴講生にしてよかったかもしれないな」
「ふーん。レポートとかもだす必要ないしね」
それはそう。
「次のコマは?」
「んーっと……、今日はもう出ようと思ってる講義はないな。帰ろうかと」
「んじゃ、一緒に帰ろ。その前に一服つけようよ。煙草ちょうだい」
こないだ、俺の煙草を一本やったら、どうも気に入ったらしい。
「持ってきてない。今日日どこにいっても禁煙だから吸えるとこ探すのもダルいし」
「喫煙するくせに、ヤニカスじゃないのはポイント高いですぞー」
「っていうか、この学校も全館禁煙だろ」
「ふっふっふ、表向きはね。どこにでもアンダーグラウンドは存在するのだよ」
「隠れて吸ってる場所があるってだけだろ。見つかって退学になっても知らんぞ」
比較的新しい大学なので、喫煙に関してはそこそこ厳しい規則があるのだ。
しかし、爽子の言うには、この学校の教授には曲者も多く、どれだけ禁止しても平気で喫煙したりするヤツもいるらしいので、苦肉の策として屋外の目立たない場所に喫煙スペースを作る事を黙認しているそうだ。
「まあ、グレーゾーンっていうか、もろアウトだから問題起こしたら一発撤去だけどね」
おかげで、自治が行き届き、マナーはかなりしっかりしているんだとか。
「まあ、こんど案内してあげるよ。それより行こ」
「どこに?」
「君んち」
「なんで?」
「あの煙草が吸いたい」
「自分で買えよ」
「貰うのがいいんだよ」
「意味がわからん」
まあ、俺の吸ってるヤツ、手巻き煙草で、その辺のコンビニには売ってないんだけど。
「それに、あたし自分で巻ける気がしないし」
実際にはそれ程難しい事はないんだが、ハードルがやや高いのはわかる。
「うーん……」
「なんで。どうせ暇でしょ」
「暇だけど」
「ならいこ」
そう言って、なかば無理やり俺を連れだした。
まあ本当に嫌なら断るので、嫌ではない。嫌ではないんだが……。
こうグイグイこられると、少し腰が引けてしまうのも事実だ。
外に出ると、生憎の雨だった。
まあ降る事はわかっていたから、どうという事はない。
「ん?君、傘は?」
「持ってきてないよ」
「なんで?あんだけ大雨になるっていってたでしょうが」
「テレビがないからなあ」
「スマホはもってるでしょ。予報とかみないの?」
見ない。雨が降るかどうかはなんとなくわかるし、雨に濡れて歩くのもさほど嫌いじゃないし。
荷物が一つ増える方がうんといやなんだよね。
絶対どっかに置き忘れるし。
びしょ濡れのまま建物の中に入るのは流石に気が引けるが、バッグは完全防水だし、着替えも入ってる。
結果的に荷物が増えているわけだが、鞄を忘れたりは流石にしないからな。
俺がそう言うと爽子は、信じられないものを見る目で俺をみた。
「君さあ、よく人に変わってるっていわれない?」
「あんまりいわれないなー」
「友達いないからでしょ?」
本質をついてくるなー。
「はい。入れたげるよ」
そういうと、爽子は傘を開いて差し出す。
少し悩んだが結局好意に甘えることにした。
爽子は車で通っているらしく、送ってくれると言ってくれたし。
「今日、ちょっと遠いとこ駐めちゃったから、少し歩くよ」
「ああ」
遠いと言っても知れている距離だが、雨足が強めの上、俺の身体が少々大きめなので、どちらかと言えば小柄な爽子だが、女性用の傘にならんで入るとどちらかが濡れてしまう。
なんかこういうシチュエーションって、実際になってみると、気を使った揚げ句に二人とも濡れる、みたいな状況になりやすいからちょっと苦手なんだよね。
話題は、ボードゲームやらソシャゲやら、ゲームに関する事が多くて、よくわからないことが多いのだが、俺はどっちかっていうと、こういうなんてことのない話題を振るのが苦手なので、楽しそうにあれこれと話題を振ってくる爽子みたいなタイプはすごく喋りやすい。
雨の中、楽しそうに話しながら歩く爽子の横顔を見た時、爽子の肩が濡れているのに気がついた。
改めて、自分の肩をみてみると、俺の肩は全然濡れていなかった。
彼女は傘を大きく傾けて、俺が濡れないように気を使ってくれていたようだ。
「傘持つよ」
「え?なんで?別にいいよ?」
「俺の方が背が高いから、持ち上げるの大変だろ。それにお前、濡れてるぞ」
「え?あ、ほんとだ。全然気がつかなかった」
「俺が濡れないようにこっちに傾けてくれてたんだろ。ありがとう」
「…………そんな事ないし。あ、ちょ、こっちに傾けたらそっちが濡れちゃうでしょ」
「俺はいいんだよ。もともと傘さすつもりもなかったんだから」
「でもそしたら、二人とも半分づつ濡れただけになるでしょ。意味ないじゃん」
「意味なくはないだろ。それに女の子は身体冷やしちゃだめでしょ」
俺がそう言うと、爽子は少し驚いたような顔をした後、モゴモゴと口ごもり、
「……ジェンダー差別だ!」
といった。
そういう問題ではないだろ。
「ジェンダー差別ってそういうもの?んー、じゃあ俺がお前を濡らしたくなかった。でいい?」
「……タラシだ!わたしを性的に食おうとしている!」
簡単に身体の関係を求める割りには、口説かれるのは慣れてないのか。
よくいえばギャップだが、悪く言えば少し歪だ。
けど、まあ、こういう新しい面は、少し好ましい。
わあわあと騒ぐ爽子を眺めて、俺は久しぶりに声をだして笑った。
次の更新予定
「それってゲームみたいなもんでしょ」と嘯く彼女が俺の部屋に泊まってから様子がおかしい。 タビサキ リョジン @ryojin28
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