第4話
それから、「はあぁぁぁ~~~」と、クソデカため息を聞こえよがしについた後、ごろりと寝っ転がって、俺の太ももを枕にして横になる。
「なんこれ、分厚っ。寝にくっ。ちょ、ちょ、ちょっと胡坐かいて」
そういって、俺に胡坐をかかせると、脛の交差する部分に頭を乗せて身体を縦に延ばす。ちょうど、足の窪みに頭がフィットする形だな。
文句を言いながらも落ち着く位置を探しだしたのか、爽子はしばらく、呆けたように沈黙していた。
何かを話そうとするのだが、何を言っていいかわからない様子だ。
まあ気持ちはわかる。
彼女はやがて、ほう、と長く息を吐いた後、疲れたように語りだす。
「はー、当てが外れちゃったなあ。泊めてもらうかわりに一回ヤって、そんで貸し借りなしにするつもりだったのに」
「それだと宿泊料が高額過ぎない?」
俺の言葉に、爽子はニヘヘと相好を崩す。
「お、マジ~?そう思う?それは悪い気はしないな~。いまからでも一発ヤる?ゴムないけど一回くらいならいいよ。本当にそんなにデッカいかどうかも確認したいし」
そう言いながら、伸びをするふりをしながら、両手を頭の上にもってくる。
「だから、ヤらねえつーの。さりげなく確かめようとするな」
俺は無慈悲に、その手をぺしんと叩いてインターセプト。
爽子は「痛っ」と、手を撫でながら、口を尖らせた。
「なんで、そんなに嫌がんの?好きな人としかできませんみたいな初心ってわけでもないでしょ?病気の心配してるなら、こないだ検査したばっかだし大丈夫よ?記憶がないなら誰かに操を立ててるわけでも無さそうだし……もしかして男が好きとか?」
「ちがうっつの。逆にどうしてそんなにヤリたいんだよ」
「別にヤリたいってわけじゃないけどさ、世の中なんかゲームみたいなもんでしょ?本質的には、やってもやらなくても良い事ばっかで、あとはそれをどう楽しむかじゃん?どうせ人生一回きりなんだから、どう生きたって一緒だって」
世の中を舐めている……というわけでもなさそうだ。
どこかあっけらかんとしたその口調の裏には、なにかそう思うにいたった出来事があったのかもしれない。
「とりあえず、ヤレばそれなり気持ちいいんだしさー」
などと、呟いている。
俺は、それには反論せず、
「人生が一回きりだって、どうして思った?」
と、そう言った。
通じるとは思わなかったし、そういう考えのヤツにならバカにされてもおかしくない俺のその言葉に、なにを感じたのか爽子は言葉を失って、俺の顔をじっと見つめた。
俺はそれには答えず、落ち着いた声で爽子に語りかける。
「やってもやらなくても良い事ばっかりならさ、わざわざそれをするって、どういうことなんだ?なにが決め手になるの?セックスが好きなだけ?」
「…………、別に……そういう訳でもないけど……、ヤレばそれなりに気持ち良いしさ……」
爽子の歯切れが悪くなる。
『それなり』か。この短い間で、その言葉を聞くのは2回目だな。
それでなんとなくわかった。こいつはセックスを『本当に』気持ちがいいと思ったことがない。
「そういうのって、なんていうか、当たり外れも大きいだろ?『よかった』より『嫌だったな』って思う事の方がトータルで大きいんじゃない?」
「まあ……、そう言われればそうかもね」
「それって、外れた時の代償が大きすぎない?それって対等のレートの
特に性の問題は女性の方が圧倒的に不利だ。
肉体的にも社会的にも。
「……別にそれほど大した事じゃないよ」
「ふうん」
「…………、で、君はどうなの?逆になんでそんなに頑なに断るの?もしかして起たないの?」
俺は足の間で、俺を見上げる爽子の顔をじっと見つめる。
黒い瞳の奥にある、小さな小さな欠けらを見つけるように。
「な……なに?」
「そういう状態でする、そういう行為に興味が持てないだけだな」
爽子はボンヤリとした顔で随分長い事俺の顔を眺めていた。
「…………それは……抱く価値もないってこと?」
「性的な魅力がないかって意味か?んなわきゃない。お前は、どっちかと言えば魅力的だろ。普通の男にしてみれば随分大きなトロフィーになるんじゃないか?」
「でも、君のトロフィーにはなれない?」
「なにかを誇るために誰かの評価を欲しがる事に意味があるとは思えんだけだよ」
セックスは確かに大事だ、でもそれは相互に高めあうものであるべきだ。
これは理想論ではなく、単純にその方が心地良いからだ。
高級料亭のフルコースに大量にマヨネーズぶっかけて食ってるやつ見たら、こんな気持ちになるだろう。
簡単に言えば、人を、マウント取るための数とか、性欲の捌け口としてだけ見るのが嫌なのだ。
「よくわかんない」
「よかったな、よくわからない価値観を理解しようとするのは、新しいゲームだぞ」
「クソゲー!」
「理解する事とそれを採用するかどうかは別の話だからな。別にお前がどんな価値観を持ってたってかまわんよ。それから物思いに耽るなら、股間を揉むのをやめてくれ」
「真実を確かめるというゲームがまだあるからねー」
結局、なにもないにも程がある俺の部屋で二人が眠る事などとてもできずに、朝までダラダラととりとめの無い話をして、朝を迎えた。
比較的、夏に涼しく冬に暖かい気候の地域だが、6月も末になると、それなりの気温になる。酒を飲んでダラダラしていただけだが、なにをしていたわけではなくても、朝には汗でビタビタになっていた。
爽子は「シャワー貸して」と風呂場に消えた。
爽子がシャワーを浴びている間に、俺は丁寧にコーヒーを淹れ(焙煎した豆を挽くところからはじめる本格的なやつだ)一つしかないマグカップに入れてやる。俺の分は……茶碗でいいか……。
耳を澄ますと、風呂場から水音と一緒に鼻歌が聞こえてくる。
「コーヒー淹れたから、よかったら飲んでくれ」
一声かけてから、ベランダに出て、手巻きの煙草を丁寧に巻き、ゆっくりと火をつける。
このアパートは安アパートといってもいいが、角部屋だし隣も人がいないので、文句を言ってくる人がいないのがいいところだ。
そうして煙を空気に溶かしていると、タオルで頭を拭きながら、マグカップ片手に爽子がベランダに出てきた。
「バスタオルもないとかさー、女の子呼ぶのは止めたほうがいいよ?」
「俺は最初から断っていたが?」
「これからの話よ。もっと色々揃えといてよ。せめて普通には」
「誰も来ないから、揃える意味がないんだよな」
「わたしがくるかもしんないでしょ」
「くるの?」
「あ、待って、やっぱ無し。揃えなくていいや。君がウチにくればいいよ」
「いかないけど?」
「なんでよ、普通に遊ぶくらい、いいでしょ。ゲームやろゲーム。あ、あたしにも一本頂戴」
そういって煙草をせびる。
煙草の葉と巻紙を差し出すと、どうしていいか分からずにまごまごしていたので、一本巻いてやった。
差し出されたそれを受け取った爽子は
「へえ――こういうのもあるんだ」
といって、嬉しそうに笑うと、煙草に火をつけ美味そうに紫煙を吐き出した。
そうして二人で黙って煙草とコーヒーを楽しむ時間が終わると、
「んじゃまた」
と、言って帰っていった。
「縁ができたな」
ふと感じた、言葉にしにくい予感のようなものがある。
外をみると、木立の陰で小さな鳥が2羽、戯れ合っているのが見えた。
ピーピーと鳴きながら、お互いをつつき合っている。
その声が朝の空気に浮かんでいた。
もしかしたら、俺の頬には微かな笑いが浮かんでいたかもしれない。
これが、兎束爽子と伊佐那六朗の出会いで、これから起こるであろう様々な
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