第3話

「泊める?」

「うん」

「え、兎束さんが、俺の家に泊まるって事?」

「え、そうだけど。なんか問題ある?」

「いや、問題があるというか……」


普通に考えて、初対面の女を家に泊めるわけないだろ。


それとも、大学生ってこんなノリで異性の家に泊まるのかな。


しかし俺は、大学生ではなく聴講生で、かなり年上なのである。


とはいえ、俺が家に人を招きたくないのは、もう少し事情があるんだが……。


「いや、それは……、無しかな……」

「えー、なんで?」

「ちょっと人をあげれる状態じゃなくて……」

「六朗くんって一人暮らし?」

「そうだけど」

「一人暮らしの男の部屋が汚いのなんか珍しくないでしょ。多少の事なら平気だよ」


めっちゃぐいぐいくるじゃん。


「いや……、どっちかって言うと汚くはないんだけどね」

「ふーん?じゃ、なおさらよくない?まさかこんな夜中に女の子放り出すほど鬼畜系じゃないでしょ?」

「タクシー呼ぶよ?」

「あたし、今、そんなにお金持ってないんだよね」

「よかったら、タクシー代だすけど?」

「そんなに嫌なの?」

「別に嫌じゃないけど……」


嫌か嫌じゃないかという視点でみれば、別に嫌ではない。


でも、ちょっと困る、というか、面倒になるのが嫌だ、とか、そういう消極的な理由を鑑みるのであれば、ちょっと嫌である。


いいけどちょっと嫌なのだ。


しかし、そんな曖昧な理由を長々説明することも許されず……。


結果として、初対面の女子を、なぜか家に泊める事になった。


「いいじゃん。女の子からの誘いを断るなんてもったいないよ。大丈夫大丈夫なんにもしないから」

「なんかするヤツの言葉なんだんだよなあ」

「いいじゃん、別にそっちにはリスクないでしょ。それにちょっと飲みたりないし、飲み会が微妙な感じで終わったから、いい感じに終わりたいんだよね。もう少し飲みにつきあってよ」


などと言われてしまえば、強く断る事もしにくく……


「はい、行こ行こ。あ、途中でお酒とおつまみ買ってこー?」


どうしてこうなった……。

コミュ強ェ……。


「まだ飲める?んじゃこれも。あ、乾きもの欲しいよねー」


コミュ強お姉さんは、いまはコンビニで、ぽんぽんと、人の持ったカゴに酒やらつまみやらを放り込んでいるぞ。


コミュ強怖ぇーー……。


「あ、それはいらないかな」

「え、なんで?ダメだよ。流石に生はさー」


こいつ、0.02ミリをしれっとカゴに放り込みやがった。


「やらんよ」

「やらないっていって、やらなかった男って体感一割切るけどね」


まあ、それはそう。


「いやまあ、それはそうなのかもしれんけど」

「なんなの?」

「それに、あれだ、それだと、サイズが小さいし」

「マジ?Lにしとく?」

「当たり前のように受け入れるな。だからしないって」


Lでもちょっとキツいのはホントだ。



俺はさっそく、押しの強さに負けた事を後悔しはじめていた。


大量の酒類と菓子類を抱えて、アパートに案内する。

爽子は(こんなやつ、さんづけしなくてもまあええやろ)、歯ブラシやら替えの下着やらスキンケア用品なんかをスムーズに買い込んでいた。泊まり慣れしてるなー。


「どうぞ、なんにもないけど」


「君さ」


爽子が玄関で立ち止まったまま、呆然と呟いた。


「ん?」

「仕事なにやってんの?」


定番の質問だけど、答えにくすぎて面倒くさいやつだ。


「色々やってるな」

「ほんとに、ここに住んでるの?」

「え、うん」

「わかった。仕事って、殺し屋かなんかでしょ?」

「なんでよ」


といいながらも、言わんとしている事はなんとなくわかる。


なにしろ、俺の部屋には家財がほとんどないのだ。

ハリウッド映画とかにでてくる、人の心を無くした任務の鬼みたいな殺し屋の部屋といえなくもない。(漠然としたイメージ)


「コップに歯ブラシ、タオルが数枚……、食器もお皿が一枚とお茶腕一つ。毛布が……一枚?え?これで寝てるの?マットレスも無しに?」

「そうだけど……」

「枕も……なにこれ?」

「畳んだTシャツの替えにタオルをまいたやつ」

「家の中でキャンプでもしてるの?」

「お風呂はあるよ?はいる?」

「会話デッキゴミか?」

「まあ、ずっとここに住む気もないし、ものは少ないほうが気が楽でしょ」

「ミニマリストにしたって限度があるでしょ」

「生活の安全バッファを外部に委託する気はないぞ?」


冷蔵庫はちゃんとあるし、2~3日物流が途切れても生きていくだけの備えはある。


「キャンプ用のテーブルに、折畳み椅子?本当に仕事してるの?」

「まあ、してるといえなくもない」

「その辺の話聞いてもいい?さっき飲み会で年齢の事もごまかしたよね?」


いやまあ、別に秘密というわけでもないけどさ。


「おれ、汗だけでも流したいけど風呂はいってきていい?」

「んー、わたし的には折角ついた匂い流すのもったいないから、入らなくてもいいけど?」

「じゃ、入ってくるわ」


ちろり、と意味あり気な視線と共に唇を舐めたので、それを無視して着替えをもって風呂に向かう。あ、ちっさく舌打ちしやがった(地獄耳)


軽くシャワーを浴びて汗を流してから戻ると、爽子は壁にもたれて、サワーの缶を開けてそのままグビグビやってた。マグカップなら一個あるけど、客用のコップとかないからごめんな。


爽子は、どうやらそこそこ酒に強いようだが、流石に酔いが回ったのか、動きが大変緩慢になってきて、ダル絡みが始まった。俺はといえば、実は酒はそんなに飲まない。体質的に、飲んでも酔わないので、付き合い以上に飲む意味が見いだせないのだ。


「で?どういう事なん?」


アタリメを口の端でくちゃくちゃやりながら、片膝立てて、肘を俺の肩に置いての尋問が始まった。アメリカの不良かな?(風評被害)


まあ、ビッチを名乗るくせに女を売り物にしてない感じは割りと好きだ。


「大して面白い話じゃないよ。戸籍がなかったんだ。記憶を無くしててね。就籍処理も終わったから今はあるけど、年齢も当時の外見から「こんなもんだろ」で決められた適当なものなんだ。名字は、身元引受人になってくれた人のもの。名前も、そこの家の六番目の男だったから六朗になった。養子縁組みしたわけじゃないけどね」


ほーら、なんていっていいかわかんなくなってんじゃん。

これ話すと、大体そういう事になるんだよ。


「そこの家は、家業で土地の社を守ってる神主やってるんだけど、副業で色々やっててさ。喫茶店だったりバーだったりもやってるから、たまにそういうとこ手伝ったりしつつ、社会勉強かねて大学行ってるって感じだな。大検とったりするのは面倒だったから聴講生だけど」


「なるほどなー」


ものっすご、興味なさそう。


「たいして興味ないなら聞かんどいてもろて」


「興味ないわけじゃないけどさー、そういうの聞いてもどう返事していいかわかんない」


そういって、グビリと缶を傾ける。


「だって、不幸自慢でも共感を求めてるわけでもなさそうなんだもん」


そういって、窓の外を眺めながらポツリと呟いた。


「適当に共感してれば、やりすごせる話題じゃないでしょ」


思ったよりも感受性の高い子だな……。


俺は、少しだけ爽子を見直して、ちらりとそっちを見る。視線に気づいた爽子は、不貞腐れるみたいな表情を作って、顔を逸らした。

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