第2話 勇者の血を引きし者

 高い天井から光が差し込み、床には赤い絨毯が敷かれている。

 トータス城の王の間は威厳と静寂が支配している。

 王は玉座に座り、両脇に大臣、騎士長、衛兵たちが控えている。


 その空気をぶち壊すようにバタバタとひとりの青年が入ってきた。


「よっ!」


 青年は右手を上げると玉座の前に向かい、こう言った。


「あんたが王様? 俺、カムス。勇者ジンの血を引きし者っす。よろしくっす!」


 大臣がムッとした顔をする。

 騎士長は露骨に眉をひそめ、衛兵たちは顔を見合わせた。


 だが、トータス王は微笑んで言った。


「よくぞ参った。勇者ジンの血を引きし者カムスよ」


「うっす。この城、ショボい兵士しかいねえけど、よくモンスターが攻め込んでこないっすねえ」


「無礼者め! 王の話を聞け!」


 騎士長が大声で言った。


「あっ、はい」


 王は姿勢を正し、やや目を細めた。


「このエーゲイン大陸は今、魔王イゾの脅威に晒されておる。我がトータス城のみでなく、西のアガシン半島、東に広がるサクツの森、南のホランド砂漠に至るまで、魔物がはびっこいるのだ」


「そっすか」


「かつて勇者ジンが魔王を封印したのは、百と数十年前と聞く。だが、その力が弱まり、魔王イゾは再び姿を現した。王国の兵士では歯が立たぬ。ゆえに、勇者ジンの血を引きし者を待っておったのだ」


「えっと……。つまり、俺がやらなきゃいけないって感じっすか?」


「うむ。お前に魔王イゾを討伐する使命を託す」


「まじっすか~。……でも、やるしかないっすね!」


 カムスは軽く伸びをしてから、王様を見てこう言った。


「で、魔王を倒したあかつきには、報酬とか出るんすか? タダ働きは嫌だな~」


 側にいた大臣が前に出てきて小袋を差し出す。


「旅の支度金として200ルード入っている。報奨金も考えておく。大切に使うのだぞ」


「200ルードぽっちか~。魔王退治の資金にしてはショボすぎるけど、ま、いっか。じゃ、行ってきまっす!」


 そう言って、カムスは振り返り、王の間から出ていこうとした。


「……カムスよ」


 王が静かに呼び止めた。


「ん?」


「無理はするな。勇者ジンもまた、ひとりではなかった」


 その言葉にカムスの笑顔がほんの少しだけ崩れた。


「……了解っす」


 王の間の階段を下りたカムスは城の廊下の噴水の前に戻った。


「むっふっふ。こーれがあるから、楽勝なのよねん。さ、トータスの町で武器を揃えるか」


 カムスが布の服のポケットに手を入れる。


「あっれ……?」


 カムスが眉をひそめ、右ポケット、左ポケットを激しく確かめる。


「ほっ、本がないっ!」


 立ち止まり、周囲を見回すカムスの姿は先ほどの軽快な足取りとは違っていた。


 ──そのころ、門の前ではひとりの兵士が静かに本のページをめくっていた。

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