第3話 兵士F


 俺の名は「兵士F」。

 俺は門の前で、勇者ジンの血を引きし者カムスの落としたツヤツヤした表紙の本を見つめている。


 ――『エーゲインクエスト攻略本』


 その表紙には見たこともない驚くほど整った文字でそう書かれていた。

 いや、本を見たこと自体が初めてで、見たこともない文字なのは当たり前だった。


 本の表紙は光を反射し、まるでこの世界に存在しないもののようだった。


 ――エーゲインクエスト攻略本……?

 エーゲインはこの大陸の名前だが、クエストとは一体何だ?

 攻略本とは何のことだ?


 俺はおそるおそる本を開いた。


 1ページ目は、見開きの地図。


 上に「エーゲイン大陸マップ」と書かれ、まるで鳥のように空を飛んで上から見下ろしたような地図に、城や町、洞窟や塔が描かれている。


 ――これがエーゲイン大陸か……。あまりの壮大さにめまいがしそうだった。


 2ページ目には「トータス城」とあり、俺の知っている門や噴水が描かれていた。

 玉座の位置、兵士たちの控室・食堂などのさまざまな部屋、階段、兵士たちの配置まで描かれている。

 俺のほかに、兵士Aから兵士E。兵士Gから兵士Jまでいることを初めて知った。

 さらには、門に配置されている「兵士F」にはこう書かれていた。


【キャラクターデータ(NPC)】

名前:兵士F

職業:門兵

所属:トータス王国

台詞:「ようこそ。トータス城へ」のみ

行動範囲:門前


 これ……俺のことじゃないか……? NPCとは何だ?


 俺は自分の名前を、そして自分の役割を、初めて文字で読んだ。ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。


 混乱のなか、次のページをめくると、「トータスの町」とあった。

 宿屋、武器屋、道具屋。すべてが細かく載っている。品揃え、町人の位置が書かれている。


こんなことまで書かれていた。


「トータス王から200ルードもらえるので、トータスの町の武器屋で160ルードの銅の剣、道具屋で10ルードの薬草を4つ買うこと。

 金額がちょうどなので、60ルードのこんぼう、70ルードの皮の服、70ルードの皮の盾を買いたくなるが、銅の剣を買い、攻撃力を上げ、戦闘回数を減らしたほうがレベルを上げやすい。皮の服は布の服と防御力が2しか変わらないので、買わずにルードを溜め、鉄の鎧を買ったほうが良い。」


 えらく細かいアドバイスだった。

 ――レベルとは一体なんだろうか?


 俺はため息をつくと、ページを閉じ、表紙をもう一度見つめた。


『エーゲインクエスト攻略本』


 この本はただの情報集ではない。この世界そのものを内側から見せてくる鏡のようだった。


 そのとき、どこからか足音が聞こえた。振り返ると、先ほどの青年――カムスが城の廊下を早足で戻ってきた。


「本、ないなあ……。あれがないと詰むんだけどなあ……」


 カムスはつぶやきながら俺の前に立ち止まると、俺に鋭い視線を向けてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る