第3話 嘘を暴くポメラニアンと、始まりの盗難事件
学園のお昼休みは、今日もいつも通りの喧騒に包まれていた。
中庭では、生徒たちがベンチで弁当やパンを広げ、笑い声を弾ませている。
動物科の生徒たちは、ヤギやインコに餌をやりながら談笑。
インコの甲高い鳴き声とヤギの呑気な鳴き声が混ざり合い、牧歌的なBGMのように響いていた。
……どこまでも明るい。
俺のまわりだけ、季節が違うみたいだ。
皆の時間は色づいているのに、俺の世界だけ、今も冬のまま。
――筑波アニマリエ高等学校。通称「アニ高」。
ここは“動物科”があるだけでも珍しいのに、学園そのものが“実験校”として運営されている。購買部もただの売店ではない。生徒の要望に応えて物品を手配する「学園生活サポート窓口」――通称、“何でも購買”。
そこには「魔女か?」と噂される敏腕店員がいて、予約困難な限定品やレアグッズを裏ルート(?)で仕入れてしまうらしい。
……のどかに見える学園だ。
だが最近、小さなトラブルが妙に増えていた。
盗難、言い争い、誤解。どれも“嘘”が絡んでいる気がしてならない。偶然か、それとも誰かの仕掛けか。考えても答えは出ない。ただ拭えない違和感だけが、胸の奥に沈んでいく。
今日は特に騒がしい。発売前から話題だった限定トレーディングカードセットの販売日だからだ。購買を頼ろうとする猛者たちが、期待と熱気で顔を輝かせながら列を作っていた。
その熱気を横目に、俺は廊下を歩く。
人混みは嫌いだ。購買なんて、用がなければ近づきたくもない。
……だが、あまりに騒がしくて、つい足が向いてしまった。
と、そのとき。
向かいから眼鏡の生徒が小走りでやってきた。
広瀬――つい先日、不良達に酷く痛めつけられていたあいつだ。
「おい、お前……」
声をかけた瞬間、広瀬がビクリと肩を震わせた。
目が合った途端、顔を真っ青にして――まるで幽霊でも見たかのように踵を返し、走り去っていく。
残された俺は、その背中を見送るしかなかった。
(……俺に怯えた、ってことか。
“影の制裁者”なんて呼ばれてる以上、珍しくはない。……けど――)
廊下に残る足音の余韻が、不自然に胸にひっかかる。
あれは、ただ怯えただけじゃない。……過剰すぎる。
理由はわからない。ただ違和感だけが胸に沈んでいく。
首を振り、気持ちを切り替える。
中庭の隅のベンチに腰を下ろし、購買で買ったサンドイッチとあんぱんを広げてため息をついた。
「……今日はやけに騒がしいな」
静かな昼を過ごそうとした矢先――
ぽふん、と足元に小さな毛玉が飛び込んできた。
クリーム色のふわふわの毛並み。見覚えのある姿。
「……また、お前か」
先日、偶然出会った不思議なポメラニアン。名前は、たしか――
「くーちゃんっ! ちょっと待ってよぉー!」
背後から、間の抜けた可愛らしい声。
白銀の髪を揺らしながら駆けてくる少女――白雪ことは。
「また会いましたね、九条くん」
「……ああ、偶然だな」
「ふふ、くーちゃん、九条くんのところへ行くなんて、またボーロ目当てかな?」
くーちゃんはポケットをじーっと見つめて、姿勢よくお座り。
……いや、あからさますぎるだろ。
「……ほらよ」
ポケットからお芋ボーロを一粒取り出し、差し出す。
くーちゃんはぱくりと咥え、小さな顎でこくこく噛み砕き、満足そうに目を細めた――その瞬間。
瞳が虹色に輝いた。
俺の視界の端から、奇妙な光が奔流のように広がっていく。
中庭の生徒たちの頭上から、霞むオーラのような色が立ち昇り、揺らめきながら空間を染めていく。
前に見た黒や赤だけじゃない。
淡い青、濁った灰色、混じり合った不安げな色彩――。
世界が突然、極彩色のパレットに塗り替えられたかのようだった。
……見える“色”が増えた。
それだけで、息が詰まるほどだった。
「なあ、白雪さん」
呼びかけると、ことははふわりと微笑んだ。
「私のことは、『ことは』って呼んでください。くーちゃんも九条くんにお世話になってますし、あんまり他人行儀なのは嫌なんです」
……他人行儀、ね。
確かに“白雪さん”じゃ、距離がある気もする。
「……じゃあ、ことは」
「はいっ!」
ことはは満面の笑みで、子犬みたいに元気よく返事する。
「あと、俺のことは『零司』でいい」
言い慣れない響きに、居心地の悪さを覚えながらも言う。
一匹狼の俺には、下の名前で呼び合う相手なんて、ほとんどいなかった。
「わかりました。じゃあ――『零司くん』と呼びますね」
(……なんで『くん』付けなんだよ)
心の中で突っ込みながらも、黙って飲み込む。どうせ言っても通じない。
「それより、この色……なんなんだ? ボーロをやったら、人の周りにオーラみたいなのが見えて……」
ことははニッコリ笑って、さらっと爆弾を落とした。
「それがですね、なんと! その色はくーちゃんが“嘘つき”を見抜いているサインなんです!」
「……嘘を、見抜く?」
「はいっ! くーちゃんは、嘘をついてる人を色で見分けられるポメラニアンなんです!」
……なに言ってんだこいつ。
ぽかんとする俺を見て、ことはは真剣な表情に戻った。
「零司くんには、たぶん見えてるんです。くーちゃんが感じた“嘘の色”が」
「……マジで言ってんのか?」
「マジです。くーちゃんに触れてると、私は“なんとなく感じる”だけ。でも零司くんは――直接“見えてる”みたいですね」
まるでテレパシーでも使ってるみたいな口ぶりだが……
くーちゃんはきょとんとした顔で、また俺の足元に寄ってきた。
……この犬は、一体何を見ている?
ことはの言葉と、くーちゃんの眼差しを頭の中で反芻する。
脳裏によみがえったのは、先日のカップルの光景だった。
――あの男が吐いた、あからさまな嘘。
そのとき広がった、濁った黒い色。
あれが“嘘の色”なのかもしれない。
信じろと言われても難しい。だが白雪ことはの真っすぐな瞳は――嘘をついているようには見えなかった。
そんなことを考えながら教室のドアをくぐった、そのとき――。
……いつもと同じざわめき、いつもと同じ昼下がり。
それなのに、胸の奥で小さな違和感が鳴った。
「ちょ、待って……マジで無いんだけど!」
突然、教室に響き渡った焦りの声。
声の主は2-Aの沢井蓮斗。
顔は真っ青、手にあるのは空っぽの紙袋。魂が抜けたみたいに立ち尽くしている。
「俺の……トレーディングカード……幻想獣グラフィカが、ない! さっき購買で受け取ったばかりの限定セットが……」
その名を聞いた瞬間、教室の空気がピリッと揺れた。
「――“透視ホロ”確定の超激レアだぞ!」
電流が走ったように、クラス中がどよめく。
「え、あの一万超えてたやつ?」
「透視ホロ確定の箱だろ?」
「マジ? 盗難? ヤバくね?」
ざわめきは加速し、噂が飛び交う。
沢井は震える手を握りしめ、唇を青く染めたまま呟いた。
「……誰かが、俺のカードを盗んだんだ……」
その一言が、合図だった。
ざわめきが消えた。
凍った空気の中で、誰もが息を潜めた。
平和な昼休みは終わった。ここから始まる、“最初の事件”だ。
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★読者メモ1:くーちゃんの“嘘の色”について
発動条件:
(零司)ボーロを食べたあと、約5分間有効。くーちゃんと視界を共有できる。
(ことは)くーちゃんと触れているとき。対象の嘘の気配を感じることができる。
判定条件:命題が嘘なら発色。
曖昧な表現・黙秘・本人が信じている誤情報には反応しない。
色の意味(仮説):
黒:悪意ある嘘(貶め・欺き)
赤:照れ隠し・恋愛感情由来の嘘
青:自己保身・隠し事
白:優しい噓
※作中では、零司もことはもこの時点で完全には把握していません。
読者だけが“少し先読み”できるヒントとしてご活用ください。
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