縦軸、横軸

「では、お願いします」


マンボウさんはそう言って、スマホを閉じた。


 チャンリーはスマホを閉じると着替えた。カレッジロゴが入ったグレーのプルオーバーのパーカーを着て、デニムのワイドパンツを履いた。ツヤツヤとした健康そうな髪の毛をワックスでマッシュにまとめる。鏡に向かって自分の顔を見る。今時の韓流の男の子の、やりすぎないくらいのメイクをして、目を切長の二重にする。GREGORYの2WAYバッグを背負う。それから、コンバースの白のローカットを履いて、外に出た。どこから見ても今時の男にも女にも人気のありそうな大学生にしか見えない。実際、早明大学の偽の学生証を携帯している、実に精巧にできていてほぼ本物だ。偽物と気づくのはこれが偽物だと知っている者だけ。これを作ったのはマンボウさんの事務所にいる、あの目つきの悪いレゴブロックを作っていたベンジーだ。チャンリーはネットカフェ『快傑CLUB・池袋東口2号店』 に向かった。何度も行ったことがあるので、東武東上線に乗って池袋駅で降り、40番出口から出た。ドンキの前を通り、道なりに進む。人の雑踏とはこのことで、渋谷のそれとも、新宿のそれとも違う。池袋独特の飽和状態寸前の人と人との距離感が近く、肌感が伝わる感じで、よく言えば『エネルギッシュ』悪く言えば『うんざり』する。チャンリーはその両方とも感じることもなく、ただただ目的地に向かう。考えているのことは池袋と言えば「六坊担々麺の『汁なし担々麺』」にするか、「四川料理の 楊 2号店の『汁なし担々麺』」にするか、どっちの『汁なし担々麺』だ。悩むな。仕事さっさと片付けて、ムセながら喰いたい。そういえば池袋は何とか2号店がやたら多いな、まっ、渋谷とかもそうか、どうでもいいけど。5分もあれば着く。ヒューマッハパビリオン南池袋の7〜8F『快傑CLUB・池袋東口2号店』の7Fに入った。受付の前を通ると、「いらっしゃいませ」とアルバイトの店員たちから声をかけられた。チャンリーはニコッと笑顔を浮かべ、そちらをチラ見し、セルフレジに行くとコースを選んだ。自分の選んだ個室に向かい、一旦中に入り、30分ほど漫画を読んで過ごした。それからスマホのバイブレーションがして手に取るとマンボウさんから『GO』の連絡が来た。ナイス。漫画は嫌いだ。ネットサーフィンもうんざりする。時間潰しは終わりだ。チャンリーは自分の個室を出て130号室に向かった。


ドアを叩いてこう言った。

「すいません、店の者ですが、そちらの部屋のパソコンから故障アラートが出ているようで、一旦、確認したいのですが」


「大丈夫だよ、サクサク動くけど、」うざったそうに、ドアの向こうから聞こえる。


「ええ、そうかもしれませんが、一応点検させていただけませんか?お楽しみ中、誠に申し訳ございません」


「チッ」と舌打ちが聞こえ、ドアが開いた。


 チャンリーはすぐに相手の胸ぐらを鷲掴みにすると、相手を物のように扱って、個室の壁に無造作に投げるように押しつけた。それから素早くドアを閉めた。相手の出方を見て、自分の力加減をコントロールする。ブタだな。と思いながらも、久々に面白そうなので、隣に気づかれない程度に、大袈裟に暴力的に引いてはまた壁に押しつけた。チャンリーはテコンドーとキックボクシングと合気道を習得していて、クセですぐ相手のスキをみる。まっ、こんなクソ野郎スキどころか存在自体が従順なブタだけどな。


それからチャンリーは声を殺しながらこう言った。


「おい動くな黙れ、殺すぞ」


『斎藤』は黙って頷いた。一瞬もがいたがチャンリーが『斎藤』の口を塞ぎ、自分のかかとで軽く、『斎藤』の左足のすねを撃つと、涙を流して痛がった。


「殺すぞ」

もう一度そう言って、今度は相手の手首を押さえて、自分の中指の第二関節を立てたかと思うと、思いっきり相手の甲の中心を強く突いた。『斎藤』は目をカッと見開き、つむり、また涙を流して痛がった。相当ビビりまくり大人しくなった。チャンリーは心底楽しんだ。


「おい、お前『ピグ民』さんと仲良くしてるだろ、明日、あいつに会え。そしてこう伝えろ」そう言って、チャンリーは『斎藤』に耳打ちした、それから、今言ったことを忘れずにスマホのメモに残せ。わかったか?

『斎藤』がチャンリーから伝えられことを一字一句間違えていないか、チャンリーは『斎藤』のスマホを覗き込みながら確認した。


それからこう言った。

「お前、別に警察に行ってもいいぞ、でもお前、ヤラシイ動画を作って、バラ撒いてるらしいな、それでエサに引っかかったヤツらを恐喝おどして金ってるだろ。その後ろで指示してる連中は結構、コワイ兄さんたちだけど。俺がサツにチクったら、サツにも捕まるし、釈放になった途端、今度はその兄さんたちから追っかけられるかもな、別に俺はお前がどうなろうと、知ったこっちゃない」


『斎藤』はもうへたり込み身動き一つしない。


「じゃっ。よろしく」チャンリーはそう言った。

それから部屋から出ようする寸前に少し芝居かかったようにフザケて両手を指鉄砲の格好にして前に突き出し、『斎藤』に向けた。

「ずっと見てるぞ」

そして相手に気づかれないよう自分が触ったと思われるドアノブなどを一応拭いて出て行った。


チャンリーはまた、自分の個室に入り、マンボウさんに『完了』のメールをした。

それから店を出て行った。今日はやっぱり「四川料理 楊 2号店の『汁なし担々麺』」の気分だな、山椒の辛さでムセたい。

店に入り、中国人の兄ちゃんの店員に、ビール、餃子、そして名物の『汁なし担々麺』を注文。店員の兄ちゃんはいつもと変わらない。愛想がいいのか悪いのか、そんなところが妙に落ち着く。注文の品がさっさと出てくる。ビールを一杯。「くー!」、そして餃子をつまみ、そしてラスボスの激辛『汁なし担々麺』を貪る。その辛さにムセかえり、汗と涙を流しながら、喰った。「くー!んまい!」さて、喰ったら、もうひと『仕事』やっつけるか。


続く。

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