調査

俺は課長に見せられたメモ書きの通り、ある場所に来た。新宿の外れの百人町を歩いていた。雑居ビルの2Fのプレートを確認した。表向きは建築事務所となっている。俺はビルの裏に回ってみた。掃除をしている目つきの悪い老人がいて、裏戸を静かに開けた。俺は促される様に入った。リノリウムの廊下を慎重に歩き、非常階段を使って2Fに登った。ドアを開けると、やはり目つきの悪い太った若い男がいる。パーカーを着て、フードで頭を覆っている。俺をチラッと見ると顔をあちらに向けて、向こうだという風にする。そしてさっきまで続けていたレゴブロックで丁寧にゴスロリの女の子を、また作り始めた。


俺は躊躇なくドアを開けた。50平米くらいの広い間取りだった。北、東、西にそれぞれ窓があって、窓はガラスフィルムで覆われている。明るい日差しが入り込み室内は明るい。白い壁は清潔そうでシミ一つないようだ。余計な装飾は一切無く、本棚、キャビネット、チェストなどの類もない。天井には長方形のLEDライトが設置してあるが、点けてはいない。北側の窓を向いて長い事務机が2つ連結してある、パソコンが3台ある、Windows2台、Mac1台、赤い派手なゲーミングチェアに腰掛けた男がくるりとこちら側に向いた。


座ってはいるが、身長は170cmくらいか、クセッ毛の髪を短髪にしている。面長で、目が一重だが大きい、瞳が黒く、優しい眼差しが嘘くさい。鼻が長く、唇が分厚い。髭が異常に薄い。色白で、こういうタイプはどちらかといえば弁護士というよりは検事タイプだな。年は30前くらいか。人間味を感じさせないところが、妙に落ち着く。黒のカットソーに黒のジャケット。パンツも靴も黒だ。


「坂口さん、津島さんから聞いています」


津島とは課長のことだ、そして俺は『坂口』という名前に変わった。


「松戸近辺周囲10キロ圏内の工場を調べてみました。工場は小さな町工場も含めて17件です。そして工場内で『星月シューズ』を使用している工場は8つ。いづれも」


「いづれも」


「食品加工工場です」


「そうか」


「松戸付近の工場を調べるのはいいとして、どうして『星月シューズ』に行き着いたんですか?」


非科学的なのは十分承知だ。あのネットニュースを思い出すと男は工場勤務の派遣社員『啓示サイン』、や『断片フラグメント』で分析、解析して、この事件を追うとするのなら、俺はまるであの犯人の子供の頃を『啓示サイン』させる『ハンチョウ』と呼ばれていた少年が履いていた靴が『星月シューズ』だったことに気づいた。『星月シューズ』はキッズシューズで有名なブランドだが、工場などにも安全靴やゴム長靴を製造し販売し卸している。以前、捜査で調べた経験がある。こんな事、今、マンボウさんに言えるわけがない。俺は黙っていた。


「ま、いいですけど」マンボウさんは無表情でそう言った。


「すまん、あ、マンボウさん、そういえばコレ」と言って俺はこの事務所の近所のコンビニで買ってきた腹の足しにでもなればと思い差し出した。


「あ、『贅沢あんこたっぷりシュー』じゃないですか。坂口さん初見の私の大好物、よくご存知で」


「課長から聞いたんだ」


「それもこの『イマゼキパン』が一番美味いんです」


「『イマゼキパン』」


マンボウさんはもう半分を口に頬張っている。


「マンボウさんこの8つの食品工場に『イマゼキパン』は」


マンボウさんは『贅沢あんこたっぷりシュー』を口で咥えながら、パソコンのキーボードを素早く叩いた。


「ビンゴです『イマゼキパン松戸工場』があります」咥えていた『贅沢あんこたっぷりシュー』が仕事机に半分ポトリと落ちた。


「そこの工場に『班長ハンチョウ』と言う役職はあるか」


マンボウさんは机に落ちた『贅沢あんこたっぷりシュー』を素早く掴んで、口に放り込み丸呑みした。それからまたキーボードを素早く叩く。


「この工場は4つの製造工程があってその工程毎に『班長ハンチョウ』がいます」


『男は大学を卒業後、職を転々とした……』俺は幻のようなあのネット記事を思い出しながら考えた。


「その『班長ハンチョウ』で20代後半から30代前半の男は」


「二人です」


「経歴を出せるか」


「お安い御用です」


モニターに二人の顔写真付きの経歴が現れた。俺は二人の顔写真を凝視した。二人とも黒縁メガネを掛けている。経歴内容もあまり変わらない。俺は当たりをつけた。


「コイツを詳しく調べてくれないか」俺はある一人の画面を指差した。


「どうしてコイツなんですか」


二人のうち、一人は痩せていて、もう一人は太っていた。もし、子供の頃太っていて、イジメられていたとするのなら、成長して何の取り柄もなく、あまりパッとしない青年になっていたのなら、痩せようとぐらいはするんじゃないのか。だから痩せた男を選んだ。ここまで来たらもう俺の勘だ。


「勘だよ」


「『明石勇馬』28歳。随分と職を転々としていますね。静岡県出身。現在は千葉県松戸市小山67−3ネオネクスト小山202号室に住んでいます。なかなかいいマンションですね『イマゼキパン』の社宅のようです。工場まで自転車で通えますね」


俺は『明石勇馬』をパソコンのモニター越しに眺めていた。「レンズの厚い黒縁メガネをかけ、……、一重瞼の奥に憎しみようなものを感じる。エラの張った角ばった輪郭は自分の身の上に降りかかる不幸をじっと噛み締めながら生きてきたようだ……、28と言う年齢の割には老けて見える……」あのミステリー小説の描写と似た顔付きをしていた。


「坂口さん、面白いもの見つけましたよ」マンボウさんはそう言って、もう一台のパソコンをいじっていた。


「なんだ」


「『イマゼキパン松戸工場』で検索を掛けてみたんです」


マンボウさんはそう言って、パソコンのモニターを見せてくれた。それは『4ちゃんねる➕』のスレッドだった。

今時まだ使っているヤツがいるのか。


「これがどうした」


「この、『ピグ民』というのが『明石』のハンドルネームです」


俺は画面をじっと見つめた。


【社会】のカテゴリの中のさらに下層ページの【就職】という枠にあった


【正社員】就職【派遣は人権なし】

0001ピグ民さん

2024/04/21(日) 18:48:35.

0563 ピグ民さん 2024/03/29(金) 11:26:46.83

いっぱい人殺したいやりますよ


0891ピグ民さん

2024/04/28(日) 04:48:00.68ID:vYu420tZ

>>884

これ我孫子時代の名残利やね



「この、『我孫子時代』ってなんだ」


「イマゼキパンは工場があちこちにありますが、我孫子市にもあります」


「この答えているヤツは誰だ」


「お待ちください」マンボウさんはそう言って、またパソコンをカチャカチャといじり出した。


「わかりました。『斎藤司』36歳、2年前までイマゼキパンの我孫子工場に勤めていたようです。同じ頃『明石勇馬』も我孫子工場に勤務してますね、スレッドを追ってますと、この二人随分仲が良いみたいです」


「『斎藤』はどこにいる」


「お待ちください。3分もあれば、………、ああ、ネカフェ『快傑CLUB』 にいますね。池袋東口2号店です」


「頼みがある」


「頼みって何ですか」


俺はマンボウさんに伝えた。


「わかりました」そう言って、マンボウさんはスマホを取り出し誰かにかけた。


「僕です。頼みがあるんですけど」


続く。

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