追跡
「完了です」
マンボウさんは俺に向かってそう言った。
俺が頼んでから1時間も経っていない。コイツら一体何者なんだろうか。元々捜査一課の、一介のノンキャリア刑事に過ぎなかった課長が次々と手柄をたてて公安部課長まで登り詰めたのはこの連中が一役を担って動いていたわけか。
それにしてもの凄い情報の集積と整理、分析、解析だ。警察のサイバー組織なんてITベンチャーレベルだな。それにあのチャンリーってやつ。多分、一回は人、殺してるな。
「坂口さん、サイバー
「警察をディスってるわけだ」
「ああ、すいません。そう言うわけでも無いです」
「実際そうだ、ところでもう一つ調べて欲しい事がある」
「承知しました」
夜が明けた。何故か久しぶりに俺はぐっすりと眠れた。タチバナが現れ、犯罪予告をし、混乱した頭の中で、神経がおかしくなりそうな俺は、『マンボウさん』、『チャンリー』という新たな扉を開けた。公安部の組織の中でがんじがらめになりながらも、結局は何でも自分だけでやっていた事から解放されたからだろうか。それもある。しかし、やはり、俺は『タチバナ』に出会えた事に何か得体の知れない安堵感を感じたのかも知れない。アイツは確かに生きている。
俺は鏡を久しぶり見た。新しく整形された顔は自分自身じゃないようだ。しかしあんなにズタスタに切り刻まれた顔には傷一つ無い。課長が注文でもしたのだろうか、目がぱっちりとした二重で、鼻も高くなっている。唇は下唇がぷっくらとしている。輪郭はあまり変わらずだ、下に向かって尖っている。髪も伸びた。目にかかりそうだ。俺は着替えた。白のカットソーにグレーのジャケットとパンツのスタイルで外に出た。千代田線、常磐線と乗り継ぎ、松戸で降りる。『明石勇馬』の社宅まで15分ほど歩いた。社宅の近くに白い軽自動車が止まっている。車体には通信会社『DEN COM』のロゴが入っている。運転席には作業帽と作業着を着た若い男がいる。俺は助手席の窓を叩いた。男は助手席を開けた。
「どうだ」そう言って俺は助手席に座りドアを閉めた。
「ちょうど、今から始まります」そう言って、チャンリーは俺にBluetoothのイヤホンを手渡した。
「ところでお前、人殺したことあるか」
「何ですか藪から棒に」
「手際がいい」
「半殺し程度ならしょっちゅうですけど」チャンリーはそう言ってニヤニヤ笑った。
少年が悪行を自慢するかのようで、そのかわいい顔が余計に俺をゾッとさせる。
「始まりましたね」
俺は昨日、チャンリーにもう一仕事頼んだ。『明石勇馬』の部屋に盗聴器を仕掛けてくれと言う依頼だ。
「『斎藤』ですね」
……………………………………………………………
「明日、本当に決行するんですよね」と斎藤。
「はい。で、話って何ですか」
「『明石』さん、ルートを変えた方がいい、明日は警察の検問がアチコチであるんです。今、パキスタンから友好大使が来日しています。なので、『明石』さんが使うそのルートは警官だらけです。もしものことを考えて、このルートをお勧めします」
「なんで、このルート何ですか」
「ここは検問のないルートで銀座まで一番近く、抜け道なんです。僕らのネット仲間の中には不祥事を起こして警察をクビになって警察を恨んでいる連中もいます。その仲間からの確かな情報です。みんな『ピグ民』さんを『推し』てます!『ピグ民』さんは『英雄』なんです!」
「私は、もう何もかも嫌になっただけです」
「とにかくこのルートでお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
……………………………………………………………
「一字一句間違いないですね。『斎藤』のヤツ、寝ずに台詞の練習でもしたんですかね」チャンリーはそう言ってまたニヤニヤ笑った。
「この件が、片付いたら、アイツもしょっ引く」
「坂口さんって、コワイですね〜」
「とにかく助かった。明日またよろしく頼む」
「了解」
それから俺はチャンリーに小遣いを渡し、チャンリーは受け取った。
俺は車から出た。
「ところで、松戸でどこか美味い店知ってるか」
「坂口さんラーメンは?」
「大好物だ」
「つけ麺なら『とみ田』、白河ラーメンなら『とら食堂』、ガツンと行くんならやっぱり『二郎』か『雷』ですかね、他にも……」
「メールくれ」
「了解」
そして俺は車のドアを閉め、駅前に向かった。
続く。
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