最初の一言
「少し歩きませんか」
『タチバナ』はそう言って、俺の数歩前を歩いている。何故だかわからないが、今、コイツを捕まえる気にはどうしてもなれない。俺は催眠にでもかかったみたいに
広いターミナル駅の改札を出て東口に向かった。
突然タチバナは歩くのを止めた。行き交う人はかなり多い。皆、足早にどこかへ向かっている。だけどなぜか周りがスローモーションに見える。周りの人間が俺たちの事を目に入っているのかも分からない。
「3日後の10月6日の日曜日14時32分にある男が、銀座の歩行者天国に車で突っ込み、8人の人間を殺します。中には子供もいます。6ヶ月の子もいます。この国の犯罪史上でもかなり凶悪な犯罪になります」
タチバナはそう言った。
「どういうことだ」
「住んでいるのはこの街みたいです」
「犯人が、か」
タチバナは別に頷きもしない。
「犯人は」
「見えません」
「動機は」
「自分で調べてください」
「俺にどうしろって言うんだ」
「見つけたら殺してください」
そう言うとタチバナは
突然、俺の頭の中である男が、『車に乗り、人をはね、殺す』そんな光景が断片的に浮かんだ。フラッシュバックのように。その男はタチバナが言うように顔が見えない。タチバナにもこんな光景が頭に浮かんだのだろうか。
そうだ、俺の体の中には『タチバナ』の血が半分流れている。
俺は大きく息をした。過呼吸になっていた。
俺は振り向いた。
タチバナの姿は、もう無かった。
駅前をぼんやり歩いていた。休みたかった。目に付いた『日鷹屋』に入った。カウンターに腰掛け、タブレットで生ビールと枝豆を注文した。タチバナ、ある男、それからある男がこれから起こす忌まわしい事件、次々と頭に浮かんだ。タチバナは犯罪を予告する能力があるとでもいうのだろうか。それは俺にも……、
「しかし、ひどい事するよなぁ」
「8人だぜ、8人」
同じカウンターの横の席で若い男の客二人が話しをしている。
俺は聞き耳を立てた。
「キチガイだよ、車、突っ込むなんてな」
俺は思わず声をかけた。
「その事件、詳しく聞かせてくれませんか」
若い男の客二人が二人ともコチラを見た。
「え?」と一人が俺に向かって言った。
「今さっき、二人で話していたその、『車が突っ込んで人が死んだ』とか…」
「え?何言ってるんすか?俺たちこの動画、見てたんですよ」と言って、一人がスマホを見せてくれた。人気迷惑系YouTuber8人組“ハチマン山”の動画だった。私有地で軽自動車に4人が乗車し、ジャンケンで負けた残りの4人が車外にしがみ付いたり、屋根やボンネットに乗る。それから車を走行させ、スピードを出し、蛇行したり、スピンしたり、挙げ句の果ては、ガレージの壁に突っ込んだ。車外の仲間が振り落とされゲラゲラ笑っている。イカれたガキどもの悪ふざけの動画だった。
「ああ、すいません」
俺はそう言ってビールを一口飲んだ。意識がどうしてもタチバナが予告した事件に向かってしまって、何を見ても、聞いても事件との関係性に結びつけてしまう。
俺は気晴らしに久しぶりにスマホのニュースに目を通した。
『銀座 8人死亡 無差別殺傷事件』
というニュースがトップに出ていた。
「なんだ」
俺は画面をタップした。
「日曜の歩行者天国で惨事が起きた。10月6日午後14時半過ぎ、東京・銀座の歩行者天国に男が車で突っ込み、歩行者をはね飛ばしたうえ、ナイフで次々と刺し、8人が死亡した。わずかの間の犯行だった。逮捕された男は工場勤務の派遣社員。大学を卒業後、職を転々としていた。「世の中が嫌になり、人を殺すために銀座に来た」と語った」
俺は画面を眺め呆然とした。軽い目眩がした。もう一度、ネット記事を読み返そうとした時、
ニュースは消えていた。
何度もスクロールし、検索もしてみたが、その事件は
確かに、確かに見たはずだ。
幻覚か?
吐き気がした。俺は支払いを済ませ、外に出た。
アーチが見えた。『松戸銀座商店街』と書かれていたそのアーチをくぐりそのまま歩いた。
『
そんなことってあるんだろうか『
頭は相変わらずぼんやりして、俺は駅に向かった。そしてある居酒屋の前を通り過ぎた。『八人
『血の日曜 銀座 8人死亡 無差別殺傷事件』
テロップはそう流れて行った。俺は立ち止まって、ぼんやりと見続けた。
そして、次に『ご宴会ご予約承ります。お一人様3000円より!』と流れ出しこのテロップがずっとループし続けた。
確かに見た。
それから俺は吸い込まれるように小さな本屋に入った。
ぶらぶらと店内を見て回った。ミステリー小説のコーナーに来ると隅の平台のある本が目に止まった。『啓示』と言うタイトルの文庫本だった。その帯に『〜白昼の無差別殺人〜小説か?ドキュメントか?』と言う謳い文句が見えた。俺は手に取って読んでみた。パラパラとめくり、犯人像の箇所を探した。「レンズの厚い黒縁メガネをかけ、そのレンズの奥の目は近視のせいもあってか一層小さく見えた。目つきは怯えてはいるが、一重瞼の奥に憎しみようなものを感じる。エラの張った角ばった輪郭は自分の身の上に降りかかる不幸をじっと噛み締めながら生きてきたようだ。反面、短髪の髪は清潔に整えられ、週1回程の床屋通いでもしているのだろうか。28と言う年齢の割には老けて見える……」
「俺は一体何をしているんだ。ミステリー小説から犯人像を追えるか」
しかし、もし、もしもだ。事件が本当に起こると仮定して、手掛かりが何も無いのなら、これまでの『
それから本屋を出て商店街の中を歩き駅に向かった。
前から小学生の集団が歩いてくる。下校時なんだろう。ガヤガヤと賑やかだ。
俺は刑事のクセで何人か数えた。
「9人か」
その小学生たちが俺の横を通り過ぎる時、「ハンチョウはさ、何食ったらそんなにデブになるんだよ」とグループの中の意地の悪そうな5〜6年生くらいの男の子が言った。すると周りも囃し立てた。『ハンチョウ』と呼ばれる人物はすぐにわかった。『黒縁メガネをかけ、短髪で太っていた』その男の子も5〜6年生くらいに見えた。周りの悪ふざけはエスカレートする。
すると突然「お前ら全員ブチ殺す」と『ハンチョウ』が狂乱気味に叫んだ。
すると、周りはさらにはしゃぎ出した。
「おお!出た出た!『ハンチョウ』のキレッキレモード!」そう言うと『ハンチョウ』を残して皆一斉に駆け出した。その後を『ハンチョウ』は必死の形相なって追いかけた。
「お前ら全員ブチ殺す」と何度も叫びながら、8人を追いかけた。
俺は松戸駅に着いた。改札に入ろうとした時、キオスクの新聞スタンドのスポーツ紙の見出しが見えた。
『8人被害』俺は咄嗟にスポーツ紙を取って読んでみた。『8人被害 食中毒』と書かれてあった。キオスクのおばちゃんが「それ買うの?」と聞いてきた。俺は金を払い、新聞をゴミ箱に捨てた。
俺は何かに
そして連絡を取った。
「はい」
「マンボウさん」
「そうです」
「調べて欲しいことがある」
「承知しました」
「今からそっちに行く」
「承知しました」
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます