第二章:赤いマフラーの少女
その日、彼は坂の上に、いつもより少し早く着いた。
空にはまだわずかに明るさが残り、町は夕暮れの境目を行き来していた。
ふと視線を下ろすと、通りの角に赤いマフラーの少女がいた。
背はまだ低く、ランドセルを背負ったまま、何かを待つようにバス停のベンチに腰を下ろしている。
彼女は、例の母子家庭の娘だとすぐに分かった。
日曜でも制服を着ていることが多く、たまに町の図書館に寄って帰るらしい。
赤いマフラーは、母親の手編みだと、誰かが話していた。
今日は寒さがきつい。
指先をこすりながら、彼女はベンチに腰を下ろしていた。
だが、バスは来ない。時刻表を見るそぶりもなく、彼女は空を見上げるようにして、何かを考えていた。
彼は胸のどこかに、ざわりとしたものを覚えた。
たとえば、自分があの年頃に何を思っていたかと問われても、何ひとつはっきりとは思い出せない。
だが、きっと似たように、理由もなく世界が少しだけ寂しく見えた日があったのだろう。
やがて、少女の前に母親の自転車が滑り込んできた。
買い物袋をハンドルの両側にぶら下げ、息を切らしながら駆け寄る。
少女は立ち上がり、何かを言った。母は答え、その言葉に少女は小さく笑った。
ふたりは並んで歩き始めた。
自転車は押されたまま、買い物袋がカサカサと音を立てて揺れていた。
その赤いマフラーが、まるで灯火のように揺れていた。
彼は、風の中に、微かな希望の匂いを嗅いだ気がした。
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