表の勇者・第5話 勇者の旅立ち

「姉さん、ここは?」


 カルナのことを口にするとジーナは顔を暗くする。

 そして少し歩くと一つのテントに到着する。


「ジット、あんた覚悟はある?」


「覚悟?」


 凄むジーナにジットはたじろぐ。

 一体全体、何があったのだろうか。

 

「そうよ、覚悟。

 アンタにはある?」


 この先に何があるのか知れない。

 しかし、先の一件がジットを強くした。

 絶望や理不尽に打ち勝った経験。


 どんな困難でも諦めない心。

 

「覚悟ならあるさ。

 何が来ても大丈夫だ!」


 ジットは勇気に満ち溢れていた。


「じゃあ、いくわよ…!」


 一気にテントの入り口にかかった布を避ける。

 

 —ボワッ!


 中から黒い煙が勢いよく吹き出す。

 

「姉さん!」


 辺りは黒い煙で覆われて周囲が見えなくなる。

 これはいったい—


「『フウバ』」


 突如強い風が吹き煙が払われる。


「この声…!」


 一瞬の詠唱だったが確かに聞こえた。

 間違えはしないこの声。


「ジット、起きたの?」


「う、うん…それより何があったの!?」

 

 改めてカルナを見ると、髪が煤だらけだ。


「いや…失敗しただけ」


「失敗? 何に?」


「…料理」


「…料理!?

 それでなんでこんな煤だらけに…?」


 確かによく見るとエプロンの様なものを着ている。

 しかしさっきの煙はいったい—


「これ、食べる?」


 そう言ってカルナはジットに皿を差し出す。


「? お皿、何も載って無いけど…」


「? お皿?」


 もう一度確認するが、皿の上には何も載っていない。 

 しかしカルナは皿をジットに押し付ける。


「この3日間特訓した」


「え、えっと…

 わ、分かった! 分かったって!

 押し付けないでくれ!」


 カルナは無表情のままジットの口に皿を押し付ける。

 ジットは皿を受け取り眺めてみる。

 

「…姉さんにはこの皿に何か載っているように見える?」


 カルナに聞こえないよう小声で話す。

 

「わ、分からないわ…」


 ジーナも困惑の表情を隠せていない。

 二人して固まってしまう。


「ん?…おーい、ジット!」


「この声…ルバッ!」


 背後から急にルバスに飛びつかれジットは咳き込む。

 

「いやー、マジで心配したんだぞ!

 ずっと起きねえしよ…ほんと、どうしようかと…」


「ごめん、ルバス。

 心配かけて…」


「まあ、起きたんだったら大丈夫だ!」


 ルバスは豪快に笑う。

 ジットはその姿に安心を覚える。


「ジット、食べて」


 先程まで黙っていたカルナが少しムスッとしながらジットとの距離を詰める。


「あ、ごめん。

 …ルバスはこの皿に何か載っているように見える?」


「この皿に?

 別に何か載っているようには—」


 そう言ってルバスは皿を軽く手に取ろうとすると


 —バキッ!


 皿の端が欠ける。


「あ、すまん」


 ルバスが簡潔に謝る。


「なんで、あなたが食べようとするの?

 ジットに食べて欲しくて渡したのに」


 カルナはルバスをゴミを見るような目で見る。


「食べるって、何をだよ?

 皿を割ったのは悪かったけどさ…」


「皿? あなたが割ったのはジットに作ったクッキーよ」


「「「 クッキー? 」」」


 三人の声が揃う。

 何秒か皿を見つめた後、ジットは恐る恐る齧り付く。


 —バキッ!


「固っ—いや、確かに小麦の味がする!」


 ジットは驚いて思わずクッキーを二度見する。

 

「おいおい、マジかよ。

 …確かに小麦の味がするな。

 逆に小麦の味しかしねえが…」


 ジットの様子を見て、ルバスも先程割った欠けらを口に運ぶ。


「わ、私も!

 …ひゃべれない…」


 続いてジーナも齧り付くが、全く歯がたっていない。


「で、味はどう?」


 カルナが無表情で聞いてくる。

 ルバスは顔に少し恐怖の色が浮かんでいる。


「味は、うん…凄いシンプルで美味しいよ!」


 ジットはニコニコと笑いながら返事をする。


 その様子にジーナとルバスは信じられないモノを見る目で見ている。

 

「おいジット、やっぱりどこか悪いのか!?」


「ジット、もう少し休んでいた方が…!」


「…?

 ジット、調子悪いの?」


 ルバスは青ざめ、ジーナは顔を押さえてジッと見つめ、カルナは本気で心配している。


「…別に、大丈夫だよ?」


 ジットは困惑を隠せない。

 対応に困ったのでとりあえずクッキーを齧る。


「ジーナさん…もう手遅れかもしれません」


「そんな…」


「ジット、そのクッキー気に入った?」


「うん、このクッキー好きだな。

 また作ってよ」


 ジーナとルバスは泣き崩れ、カルナは優しく微笑み、ジットは幸せそうに笑っている。

 まさにカオスである。






「…てか、ジット起きたなら村長のとこに行かなきゃいけないんじゃ…」


 しばらくたって冷静になったルバスが思いついたように呟く。


「…そうね」


 ジーナが俯く。

 

「村長のとこ?

 なんで?」


 ジットがキョトンとして聞く。

 

「ジット、行こう」


 急にカルナがジットの手を引いて走り始める。

 心なしかカルナは笑っているように見える。


「おい、カルナ!?

 待て!」


 ルバスもすぐに追いかけようとする。


「………」


 ジーナはまだ俯いて突っ立っている。


「ジーナさん、とりあえず行きましょう」


「…うん」


 ルバスもジーナを抱えて走り出す。

 ジーナは抱えられながら暗い顔をしている。

 

「待て、カルナ!

 少し止まれ!」


 ルバスは夢中でジットの手を引くカルナに向かって怒鳴る。


「やだ!」


 カルナは走りながら返事をする。

 気持ちが昂っているのか声が弾んでいる。


「えっと、カルナどうしたの?

 急に走り出して—」


 ジットが話しかけようとすると、急にカルナが止まる。

 目の前には小屋が立っている。


「着いた」


 そう呟くと、カルナはドアをノックしてガチャリと開ける。


「おばあちゃん、入るよ」


「おや、カルナ?

 どうしたんだい?」


 急に小屋に入って行ったと思ったら、祖母と孫のような感じを出しながら話すカルナに、ジットは困惑する。


「ジットは今日も…おやジット、起きたのかい」


「え? あ、はい、起きました」


 ジットは少し戸惑いながら応える。


「はあ、やっと追いついた」


「………」


 ルバスがため息を吐きながら入ってくる。

 ジーナはまだ黙っている。


「お主達も揃っておるな。

 呼びに行く手間が省けた」


 村長はそんな二人を見ながら笑う。


「さて、本題じゃな。

 ジットよ、話は聞いておるか?」


「…なんのことですか?」


 ジットはずっと困惑している。


「なんじゃ、誰も説明しておらんのか?

 …まあ、ええわ」


 村長はジーナをチラッと見てため息を吐く。


「ジット、お主自分が気絶した時のことを覚えているか?」


「気絶した時…膝枕?」


 ジットは咄嗟に思いついた単語を発する。

 村長はポカンとする。


「ジット、それじゃ無くて、その前だ」


 見かねたルバスが助け舟をだす。


「ん?…ああ、違くて!

 えっと、たしか…魔物に囲まれてて…

 スキルを放った後に気絶したんだっけ」


「そうか、その時どんなスキルを放ったか覚えているか?」


「確か…あれ、思い出せない。

 あれ、あれ?」


 ジットは頭を抱えて唸る。


「覚えていないのか?」


「…はい」


 首を傾げているジットにカルナが寄り添う。

 気づくと頭を撫でている。

 ルバスも一歩前に出てジットの横に立つ。


「大丈夫だジット、俺たちが覚えている。

 あの時、お前は光の柱を振り下ろし、その一撃で周囲の魔物を全て倒し俺の傷も癒した」


「確かに、そんな感じだったかな…」


 ジットはやはり思い出せないと言った感じで首を傾げる。


「次は、背中を見せてくれ」


「背中?」


 ジットは少し戸惑う。

 カルナは気づくとジットの背後に回っている。


「ちょ、カルナ!?」


 ジットの服を脱がせようとしているカルナに、ジットは慌てて服を抑える。


「ジット、手を離して。

 背中を見せないと」


「分かった、分かったから!

 自分で脱ぐから!」


 ジットは少し後退すると服を脱ぐ。

 

「背中、どうかしたんですか?」


 ジットは自分の背中に手を伸ばす。


「ふむ、普段はやはり見えないか…

 カルナや、ナイフを取ってくれ」


「分かった、おばあちゃん」


 そう言うとカルナは近くに置いてあった果物ナイフを取り、村長に渡す。


「ジット、少し我慢しろ」


 そう一言呟くと、村長は急にジットの背中を斬りつける。


「そ、村長!?」


 あまり刃は通っていないようだが一部僅かに血が滲む。

 

「おお、コレは…?」


「どうしたんですか?

 村長?」

  

 周囲の人間が驚いている。

 ジットはどうにか背中を見ようとして、タンスの上に置いてある手鏡を取り頑張って背中を見る。


「な、なんですかこれ!?」


 ジットは鏡で背中を見ると背中が輝いているのが見える。

 当のジットに自覚はなく純粋に驚く。


「コレはやはり、勇者の紋章…!」


「ゆ、勇者?」


 話が全く見えていないジットはアタフタする。

 

「勇者って、あの伝説の?」


「そうじゃ!」


 村長は見た目に似つかない大声を出す。

 

「世界を救う伝説の勇者!

 お主はその伝説の存在なのじゃ!」


 ジットはポカンとしている。


「僕が…勇者? 本当に?」


「ジット、凄いね」


 カルナは頭を撫でる。

 

 ジットはその瞬間様々な事が頭に浮かぶ。

 小さい頃、ルバスと共に読んでいた勇者の伝説。

 幼い頃に居なくなったらしい両親。

 初めて村の外に出て魔物と戦った時。

 

「僕は勇者…!」


 ジットは手鏡で自分の顔を見る。

 別になんとも無い、いつもの顔だ。

 普段と変わりは無い。 


「村長、勇者は“世界”を救うんですよね?」


「そうじゃな、伝説では世界中を周り魔王を倒すとある」


「僕が…魔王を倒す」


 ジットはまだポカンとしている。


「そして、それはお主を送り出さなくてはならないと言う事でもある」


「魔王を倒す旅に、ですよね」


 ジットはゴクリと唾を飲む。


「ジット、俺も着いて行くぜ」


「もちろん私も」


 ルバスとカルナはジットの背後に周り背中を叩く。


「僕が…良いのかな?」

 

 ジットは少し迷う。

 その道を選ぶ事は確かに光栄な事だ。

 しかし、それは今の生活を捨てる事だ。


「お前、小さい頃伝説の勇者に憧れてたよな」


「この村も魔王を倒せないとどうにもならない」


 ルバスとカルナは再びジットの背中を叩く。

 何かがジットの中で切り替わる。


「村長、僕勇者になります!」


 ジットは宣言する。

 一際大きな声で。





 宣言してから初めての朝が来た。

 

「今日、旅立ちか…」


 ベッドから起きて着替える。

 着るのは、昨日村長に貰った服だ。

 動きやすく、頑丈。


「なんか、気が引き締まるな」


「ジット、起きなさい!

 もう朝よ!」


 小屋の外からジーナの声が響いてくる。


「姉さん、おはよう」


 ジットは小屋から出てジーナに挨拶をする。


「今日旅立ちでしょ?

 少し最後に話さない?」


 



「—カルナさんが料理してたのはね、あんたの旅に着いていくのに料理できるようになりたかったんだって」


「そうだったんだ」


 ジットとジーナはベットに腰掛け二人で話している。

 ジーナが主に喋り、ジットが相槌を打つ。


「そういえば、ルバスとはもう話したの?」


「…うん、だってあんたが起きるまで3日あったのよ?」


「そうだったね」


 ジーナは少し俯く。

 

「あんた、カルナさんのこと守ってあげなさいよ」


「もちろん」


「ちゃんと、迷惑かけないようにね。

 朝、ちゃんと起きなさいよ」


「気をつけないとね」


「あと…あと…」


 ジーナは必死に話す事を探す。

 しばらく待つと、外で人が活動を始める音がする。

 

「姉さん、僕—」


「やめて!

 この時間が終わっちゃう…」


 ジーナは遮るように話す。

 しかし言葉は尻すぼみになる。


「もう、行かないと…」


「分かってる!

 だって、あんたは覚えて無いだろうけど、私は覚えてるし、ママのこともパパのことも、だから、分かってるけど…!」


 ジーナは泣きながら話す。

 ジットが背中を叩いてあげると少し落ち着きを取り戻していく。


「あんたは、あたしの家族なんだから…

 忘れないでね」


「分かったよ、姉さん。

 あ、一つお願いしても良いかな」


「何? なんだって聞くわよ!」


 ジーナは涙を拭きとりなおす。


「シチュー、作って待っててね」


「もちろん、いつもの作ってるわ!」




 ジットは砦の外に出る。


「おいジット、遅刻だぞ?」


「ごめん、ルバス」


「お別れ、できた?」


「できたよ、カルナ」


 三人は数事声を掛け合う。

 そして歩き出す。

 

 勇者は今、旅だった。




 

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