裏の魔物 第一章・道化師たち

裏の魔物・第1話 魔物が守るもの

 世界は苦しんでいた


 伝承の“魔王”の復活。一年前に起きたその出来事は世界を絶望へと染め上げた。




「あの、お馬鹿さんは何を考えているんだろうねえ、シリカ?」


「ハドリック様、私があんな者の考えなんて知るはずないでしょう?」


 南の王国ガッセルから東の王国タターリタに向かう街道を走る一台の馬車の中。

 ピエロの化粧をしたハドリックという男と、メイドの服装をしたシリカという女が話している。よくよく見るとメイドの方は頭に角が生えている。


「何回、殺されれば学習するんだか…あれ、今回で何回目?」


「デーバンタイト様によると今回で丁度200回目ですね」


「200!? 諦め悪すぎないかい!?」


 ピエロは呆れた様に額に手をあてる。


「でシリカ、俺たちは今回どうするんだっけ?」


「…ハドリック様、私何回も説明しましたよね?」


 シリカが少し睨んでもハドリックは一切動じず、ニコニコしている。

 シリカは呆れながら水晶を取り出す。

 水晶をじっと見ていると文字が浮かび上がってくる。


「今回、ハドリック様と私は東の王国タターリタの都市ラクバでイベントを起こします。

 ここまでは大丈夫ですか?」


「ラクバ?…ああ、そうだったそうだった。あの温泉で有名なとこだ」


「そうですね、ラクバは温泉が有名なので一緒に温泉に…ではなく、勇者たちはジャプール様との戦いで呪いを受け、ラクバで解呪をするために訪れる予定です」


「ん〜、あそこなんとか教の聖地だっけか」


「マルバ教ですね」


「ああ、そんなんそんなん」


 何が面白いのかキヒヒと気味の悪い笑い声をあげる。シリカは頭を抱えている。


「はあ〜、そういうわけで私たちはマルバで“演技”をしなくてはなりません」


「りょーかーい、今回はどんな設定だっけ?」


 完全に呆れているシリカにハドリックは愉快そうに尋ねる。シリカも諦めたのか淡々と説明を続ける。


「今回は教会を襲撃し聖龍を誘拐した後、民衆に邪教を信仰させ勇者を追い詰める設定です。

 勇者の魔を祓う力の確認と教会からの助けを受けるために必要なイベントでもあるんですからね!」


 シリカは張り切って言う。


「しかし、毎度誘拐される聖龍様も大変だね〜?」


「本当に! 毎回毎回ハドリック様と離れ離れになるし、勇者たちを背負って魔王城まで連れてくのも大変だし……いえ、魔王を倒すのに必要な事ですので」


「んー、今のは誤魔化すの無理かな」


「……はい」


 シリカはガクッと肩を落とす。

 慰める様にハドリックはシリカの頭を撫でる。


「元気をだせシリカよ。マルバに着いてから少しは時間があるのだろう? その間


 ジリリリリリと水晶が大きな音を立てて震える。


「おっと、誰かからの連絡かな?」


「ハドリック様! なんて言いかけたんですか!?」


 シリカが目を血走らせてハドリックに詰める。

 しかし、ハドリックは全く動じない。


「いや、連絡…

「ハドリック様!」

 

 シリカがハドリックにさらに詰め寄る。


「吾輩は言うことも聞けぬメイドには褒美はやれんなあ」


 ハドリックはニヤニヤしながら水晶に指を指す。

 直後、シリカはハドリックと対面する様に座り直し素早く水晶に手を当てる。

 すると、水晶からしゃがれた老人の声が聞こえる。


「ハドリック、連絡にはすぐ出ろ」


「いやね? デーバンタイト、うちの可愛いメイドが吾輩に構えと

「ハドリック様!? 何を言い出すんですか!」


 ハドリックの言葉を遮る様にシリカが騒ぐ。


「連絡中だ…喧嘩は控えてくれ…ハドリック…シリカ?」


 えらく気だるげな女の声が喧嘩を止めるよう諭す。


「シリカ…夫婦喧嘩は…ほどほどにしておけ…ドラゴンというのはな…どうも怒ると…我を忘れてしまって…いけない」


「セナウィーク様、話が逸れています。本日はどの様な要件でございましょうか」


 いつの間に落ち着いたシリカが気だるげな声の主に問いかける。


「ああ…そうだった…確か…デーバンタイトたちに勇者の現状を…聞こうと…」


「すまんな、今ジルフレッドは連絡できる状況じゃなくてよ、俺が一人で伝えるぞ」


「なんだ、あの魔人はサボっているのか?」


 ハドリックが少し不満げに話す。


「そうじゃない、アイツは今“演技”中だ。邪魔はできない」


「“道化師”たる者…“演技”は…存在意義」


 デーバンタイトとセナウィークと呼ばれる声の主はハドリックを宥めるように話す。


「ふん、どうだかな」


「しょうがないですよ、ハドリック様。

 ジルフレッド様に会えなくて寂しいのも分かりますが、あちらも大変なんだと思いますよ」


 シリカにまで慰められハアとため息をつきハドリックは面白くなさそうに頬杖をつく。

 シリカはハドリックの隣に座り頭を撫でる。


「別に寂しいとかじゃない!

 あの魔人の話はもういい、勇者の話をするんだろ」


 ハドリックはぶっきらぼうに言い放つ。


「誰のせいだと…まあ良い、勇者だがな着実に力をつけてるよ。最近は村の外に出て魔物を倒す様になった」


「そうか…なら…そろそろか」


「ああ、そうだな」


 僅かに声のトーンが落ちる。


「セナウィーク、まさかやりたくないなどと言い出すなよ」


 ハドリックは嬉しそうに頭を撫でるシリカをよそに真面目な雰囲気を出す。


「まあな…やりたくはないが…」


「仕方がないだろう…それが“道化師”ってもんだ」


 セナウィークとデーバンタイトの声のトーンが再び落ちる。


「フハハ、しょうがないな貴様ら!」


 その空気を打ち壊す様にハドリックが勢いよく立ち上がる。

 隣でシリカは撫でていた頭が離れ少し残念そうにしている。


「吾輩たちは魔物だろう? 

 吾輩はパペットマン、シリカはサンダードラゴン、セナウィークは黒龍、デーバンタイトは巨人…他の“道化師”も同じことだ! 

 しかしそれでも吾輩たちは人間を好み、愛した!

 だがな吾輩たちは魔物なのだ! 

 それは道理に反した事であり、本来許されない裏切りだ! 

 だから、吾輩たちは“演技”をすることで人間を助けるのだ…それが“道化師”という者であろう?」


 ハドリックは高笑いしながら言いきる。


「そうですね、ハドリック様。

 今回も最後まで演じきりましょう!」


 シリカは手をパチパチ叩きながらハドリックを賞賛する。

 

「ああ…フフ…全くその通りだな」


「ガハハ、良いこと言うなハドリック」


「フハハ、そうであろうそうであろう」


 ハドリックは上機嫌になって笑い、それにつられて水晶の向こうからも笑い声が聞こえる。


「そういえば、デーバンタイト様、セナウィーク様、なぜこの連絡にハドリック様を?

 勇者の現状確認だけなら関係ないのでは?」


 笑いも少し落ち着いてきたところで、シリカが疑問を口にする。


「ああ…いや…別に用があるわけでは…ないんだが」


「まさか、ハドリックが計画を忘れてないか確認をな?」


 その言葉を聞いてシリカは顔が引き攣る。

 何を隠そう、この目の前のピエロはさっきまで忘れていたからだ。


 しかしそんなシリカの心配をよそにハドリックは高笑いしながら答える。、


「ああ、もちろんだとも。

 まずラクバという都市でシリカを誘拐、その後民衆を吾輩の力で操り邪教を信仰させる。

 最後は民衆に紛れているところを勇者に見つかって、闇払いの火種をドロップして倒される。

 これで良いのだろう?」


 さっきまで忘れていた事を感じさせないぐらい、やけに堂々とこたえる。


「よかった…ちゃんと…覚えてて…覚えてなかったら…」


「覚えてなかったら…?」


 シリカがセナウィークの出す威圧感にに息をのむ。


「……シリカにお仕置きしてもらう…とか?」


「あ、私がするんですか」


「当然…私…そっち行けない」


「それは…そうですね」


 シリカは苦笑する。


「そういえば、これはさっきシリカに聞いて覚えたのだった!

 いや、先程まで忘れていたなあ!

 これはシリカのお仕置きが恐ろしい!」


「ハドリック様!?」


 ハドリックが楽しそうに揶揄う。


「それは…大変…シリカ…お仕置き…しないと」


「セナウィーク様まで!」


「それで、お仕置きとは何をするのだ、シリカよ」


 ハドリックはさらに調子に乗りシリカを揶揄う。


「え、えっと、その…急に言われても思いつきませんよ!」


「シリカ、お前真面目すぎないか?

 吾輩はまことに可愛いメイドを待った!」


「ハドリック様!」


 シリカは顔を赤らめ、ハドリックは上機嫌に高笑いする。

 二人の間に甘い空気が流れる。


「イチャつくなら…連絡は…切ってからに…」


 甘い空気に耐えかねたセナウィークが苦言を呈する。


「イチャッ—申し訳ございません、セナウィーク様!

 あれ? でもこの話元々セナウィーク様が言い出したんじゃ…」


 ブツンと水晶から音がする。

 どうやら連絡を切られたらしい。


「あの黒龍逃げおったな」


「セナウィーク様、逃げましたね。

 ところでハドリック様…その連絡前の話の続きを—」


 シリカは恥ずかしそうにハドリックの方を見る。

 しかし、ハドリックは馬車の窓から顔を出して話を聞いていなっかった様子だ。


「ん? ああ、すまん!

 火山が見えたからな、もう直ぐ見えると…ほら」


 そう言ってハドリックが指差す先には荘厳な純白の教会が立っている。


「ハドリック様!…いえ、本当に綺麗ですね。

 マルバ教の総本山、テリアライト教会」


「フハハ、良いことを思いついた!

 いっそ攫う時糸でドレスでも作って誓いのキスでもするか!」


「フフ、聖龍と魔物の結婚式ですか?

 教会の人間が怒り狂いそうですね」


 ハドリックのカン高い笑い声が響く。

 シリカも楽しそうに笑う。

 

「やはり人間の作る物は独創的で面白い!」


 そう言ってハドリックは馬車の屋根に登る。ハドリックの目には美しい建物が写っている。


 人間たちを守る、その理由が。

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