表の勇者・第4話 勇者の目覚め

「じゃあ、いこう」


 そう言ってカルナはジャイアントフロッグに突撃する。


「ちょっと!?」


「『風切り』」


 次の瞬間、カルナはジットの目の前から消える。

 

 と思えばいつのまにかジャイアントフロッグに至近距離まで迫っている。


 カルナは風を纏ったレイピアでジャイアントフロッグを目にも止まらない速度で斬りつけている。


 粘液は風で吹き飛ばされているようだ。


「なんだお前!?」


 カルナが急に戦闘に割り込んできたためルバスも驚く。


「『風切り』」


 カルナは周囲を一切気にかけず攻撃を続ける。

 

「は、え?」


 ルバスは完全に固まっている。


「ジット、あいつはなんなんだ!?」


「さ、さあ? 僕も何がなんだか…」


 二人が戸惑っている間にもカルナは攻撃を続ける。


「『風切り』」


 —ゲコッ!


 ジャイアントフロッグが舌で反撃してくる。


 カルナは平然と避けてみせる。


 先程まで守られていたのはなんなんだと疑問に思う。


「二人とも、何してるの。

 わたしの攻撃じゃ致命傷にならない」


 カルナは攻撃を避けながら、抑揚のない声で棒立ちのジットたちに援護を求める。


 見てみると確かにキズはついているが浅い。


「…コイツ倒したら色々聞かせてもらうからな!」


「そうだね!

 コイツを倒してからだ!」


 二人はそう言うとジャイアントフロッグに突撃する。


「『エンバ』!」


「『風切り』」


「『火炎斧』!」


 ジットが火球で牽制し注意を引きつける。

 次にカルナが高速で走りながらジャイアントフロッグを斬りつける。

 そしてカルナにヘイトが向いた瞬間ルバスが炎を纏った斧で重い一撃を与える。


—ゲコッ!


 ルバスの一撃がジャイアントフロッグの足に大きな傷をつける。


 一瞬怯むがすぐさまルバスに舌での攻撃を繰り出してくる。


「やべっ!」


 ジャイアントフロッグとの距離が近く、防御ができずに吹き飛ぶ。


「ルバス! 『リカーバ』!」


 しかし、すぐさまジットが回復の魔法をかける。


「っしゃ、オラッ!」


 ルバスは跳ね起きて再び攻撃に参加する。

 出来た隙はカルナが攻撃して埋める。


「クエーー」


 セナも『衝撃波』で攻撃に参加している。

 

 噛み合っている。

 即席のメンバーだが妙にバランスもいい。

 

「このままいける!」

 

 カルナ、ジット、セナがジャイアントフロッグの気を引き、ルバスがその隙に一撃を叩き込む。

 

 確実にジャイアントフロッグも弱っている。

 このままなら勝てる。


 そう確信した時だった。


—ドスン! ドスン!


 背後から何かが迫ってくる音がする。

 足音は大きく響きかなりの大物だと嫌でも分かる。


「おい、ジット! 

 どうする、このままじゃ挟み撃ちだぞ!」


 ルバスはジャイアントフロッグへの攻撃をやめて大きく退く。

 カルナも距離を取る。


「逃げたらアイツは砦の方に向かうかもしれない…

 アイツもかなり弱ってるはずだ、挟まれる前に一気に畳み掛けて正面突破するしかない!」


「了解、『分身』!」


「『風切り』」


「よし、行こう!

 『エンバ』!」


 ジットが火球を放った。

 その瞬間—


「危ねえ!」


 ルバスが大きな声を出す。

 瞬間、ジットは大きく突き飛ばされる。


「ルバス!?」


 ジットがルバスの方向を向くと


「ぐあっ!」


 ルバスは大きく吹っ飛ばされている。

 近くには棍棒が落ちている。

 

 振り返るとオークがどっしりと構えている。

 どうやらオークが棍棒を投げて来たらしい。


「ルバス!」


 ジットはルバスに駆け寄る。

 幸い息はしている。

 しかし、脇腹の大きな怪我はジットの魔法では回復しきれない。


「ジット…すまん…でかいの貰っちまった」


「いや、僕が油断してたからだ…」


 そう言いながらジットは剣を構える。


「皆んな、逃げ—


—ドゴン!


 再び背後から大きな音がする。


「もう一匹、いや何匹か大物がきてる」


「…囲まれた」

 

 見えてるだけでも大型の魔物が2体。

 他にも迫っている。

 さらに、気づくとあたり一帯に小型の魔物も跋扈している。


 こちらの人数は3人と1匹。

 ただし、ルバスは動けない。


 あのジャイアントフロッグ1体でも全員でかからないと厳しい。


「ここまでか…!」


 ジットは空を仰ぐ。

 村のあちこちから上がった黒い煙が空を黒く染めている。


 自分の手のひらを見てみる。

 マメだらけの手だ。

 今まで必死に頑張ってきた証。


 もう駄目かな。

 剣を握る手が解けそうになる。


「諦めるの」


 カルナがジットに向かってそう問う。

 ジットは俯いて返事をしない。


「それは困る」


「困るって言われても…」


 カルナの予想外の言動にジットは困惑する。


「諦めたらダメ。

 それだけはダメ」


 カルナはジットを見つめている。


「え、えっと…」


 ジットはその真っ直ぐな瞳にたじろぐ。

 

「じゃ、じゃあどうしろって言うのさ…」


 ジットは少し笑いながら返事をする。


「全部倒す」


 カルナはそう言ってジットの背中を押す。

 魔物もにじり寄ってきている。

 

「全部倒す…?

 この山の様な魔物を全部?」


「そう」


 辺りをもう一度見渡す。

 跋扈する魔物、倒れているルバス、傷だらけの自分。


「そんな力、どこにも…」


「じゃあ、諦める?」


 カルナの言葉がジットを突き刺す。

 胸の深いところで何かがドクンと脈打つ。


「諦…める?」


「ここで貴方がただ死ねば、あの砦にいる村人たちもすぐ死ぬ」


 手に持っている剣を見る。

 真紅の刀身は自分の姿を映している。


 泥だらけの、傷だらけ。


 でも、目には光がまだ灯っている。

 こんな絶望の中でも。


「まだ、僕は諦めてない…?」


 胸の深いところの脈がドクンドクンと激しくなる。


「自分を見つめて」


 目を閉じて、胸に手を当てる。

 深呼吸をすると鼓動がどんどん大きくなる。

 

—ゲコッ!


「邪魔しないで」


 ジャイアントフロッグが攻撃をしてくる。

 カルナはジットの前に立ち、攻撃を受ける。


「大丈夫!?」


 ジットはカルナを抱き止める。

 カルナの胸が抉れている。

 回復魔法では治せない。

 

「クエッ!」


 セナが落ちてくる。

 魔物が飛ばしてきた矢が刺さっている。


「セナ!」


 周りに立てる者はいない。

 自分しか立っていない。


「最後まで…あきらめ…ないで…」


 カルナがか細い声で訴える。

 その漆黒の瞳には既に光が灯っていない。


「諦めない…」


 カルナをそっと地面に寝かせる。


 魔物たちは何が面白いのか、ゆっくりとしか近づいてこない。


「ここで諦める訳にはいかない」


 覚悟を決めて、深く目を瞑る。

 イメージは伝説の勇者。

 一騎当千の力、不条理に負けない心。

 何より諦められない理由が背中にある。


 思い浮かべた決意が自然と言葉に顕れる。


『闇に飲まれ 光は見えず』


 ジットの背中に紋章が浮かぶ。


『孤独の荒野 絶望の檻』


 ジットは剣を空高く掲げる。


『祈りは届かず 漆黒が染める』


 辺りが暗くなる。

 空を見上げると、黒よりも暗い色が空を覆っている。


『ただ諦めることなかれ』


 暗い空に何粒かの光が浮かぶ。


『その光はたけき心 諦めぬ者』


 光の粒がジットに集まってくる。

 最初は僅かな量だったが、徐々におびただしいほどの光の塊になる。


『全てを照らす輝きのつるぎ!』


 ジットの剣から光が溢れる。

 光は天に昇り、空を晴らす。


「『煌天剣』!」


 そして光を纏った剣を振り下ろす。


 一瞬だった。

 煌めく光が辺りに降り注ぐ。

 周囲の魔物たちは光に触れると一瞬で蒸発していく。





 

「—っは!」


 光が消えるとジットは倒れ込む。

 魔力が切れた時の疲労感ともまた違う疲れが襲ってくる。


 辺りに魔物の姿は欠片も見えない。

 どうやら全て倒せたらしい。

 

「僕が…やったのか?」


「そうだぜジット!」


 声の方向に視線を動かすとルバスが親指を立てている。


「あの光に当たったら傷も全部治っちまった。

 凄えスキルだったな!」


 確かにルバスはピンピンしている。

 回復の効果もあるようだ。


「クエッ!」


「セナも…元気になった」


 セナはジットの頭に留まり元気に鳴いている。


「大丈夫?」


 カルナが倒れているジットの顔を覗き込む。

 

「まあ、すごい眠い…」


「そう」


 カルナはそう一言だけ返すと、ジットを転がして仰向けにする。

 そして、ジットの頭の下に正座した自身の脚を置く。


「え、えっと!?」


 ジットは顔を真っ赤にする。

 何せこれは膝枕だ。

 頭にカルナの優しさを感じる。


「寝て良いよ、これで頭痛くない」


「…うん……」


 ジットはそのまま気絶した。


 


 

 目が覚めると頭の下には枕があった。

 どうやらベッドに寝かされているらしい。


 天井には見覚えがない。

 周囲に人は居ない。


「ここは何処?」


 取り敢えずベッドから降りる。

 少しフラつく。


「…どれぐらい寝てたんだろう?」 


 疑問に思いながらも部屋にある唯一の扉をあけてみる。

 

「ここって…センダおばさんが言ってた砦?」


 周囲が石の壁で囲われている小さな広場。

 その中に小屋が何個も置かれている。


「皆んなは何処に?」


 辺りを見回しても人が見えない。

 仕方ないので辺りをブラついてみる。


「誰か! 居ないの!?」


 大声で呼びかけてみる。


「ジット…?」


 後ろで何かが落ちた音がする。

 優しく、安心する声。


「その声—おわっ!?」


 次の瞬間背後から抱きつかれる。

 堪えきれず倒れる。


「ジット〜! 良かった〜!」


「姉さん…大丈夫だった?」


 二人とも涙ぐんで会話する。

 

「大丈夫か聞きたいのはこっちよ!

 傷は無かったけど、全然目を覚まさないんだから!」


「…姉さん、僕どれぐらい寝てた?」


「ざっと3日かしら?

 本当に死んだんじゃ無いかと思ったわよ」


「3日!?」


 ジットは驚いて大声をだす。


「そんなに大声出せるなら、もう元気そうね」


 ジーナはすぐにジットに肩を貸して立たせる。


「うん、もう大丈夫!」


「…本当に良かった!」


 再びジーナに抱きつかれる。

 今度は踏ん張って耐える。


「そういえば、他の人は?

 全然、人がいないみたいだけど…」


「心配しなくても、みんな仕事してるだけよ。

 ルバスたちは、多分見回りかな?」


 ルバスたちの無事を聞いて、ホッとする。


「本当に…良かった」


 安心のあまり、もう一回倒れこんだ。

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