表の勇者・第3話 勇者の戦い

 世界は試されていた。


 魔王という脅威に人々はどう立ち向かうのか、それとも諦めるのか。

 

 苦しむ人々、荒れる大地、広がる暗闇。

 死の大地に芽生えた一筋の希望をいかに育てるか。

 

 いや、それともこの絶望の世界でその小さな芽を信じきれるのかをだろうか。


 誰もが苦しむこの世界で他人を信じる。

 いっそ全て委ねて放棄してしまいたい。

 頼りの、甘い言葉に縋り続けて思考を放棄してしまいたい。


 考えなければきっと楽なのだ。

 

 しかし考えなければ希望は消える。

 希望とは誰かの思いの上に成り立つ。

 苦しみと盲信で世界は揺れる。


 どちらにせよ、世界は試されている。

 究極の選択にどう立ち向かうのかを。


 


「おい、お前ら早く逃げるよ!」


「センダおばさん? どうしたの!?」


 突然家に入ってきた村人の焦った様子にジーナは困惑を隠せずたじろぐ。


「村に魔物が攻めてきたんだよ! 早く砦に逃げないと!」


 ジットは急いで窓から外を見ると、村のあちこちから黒い煙の柱が上がっている様子が伺える。

 

 その方向をよく見ると確かに魔物らしき影が見える。


「クエッ!」


 セナが急に暴れ出し、鳥籠から飛び出す。


「セナ!」


「クエッ! クエッ!」


 セナはジットの肩に乗って鳴き続ける。


 瞬間、ジットの背中に悪寒が走る。

 二人を脇に抱えて家を飛び出す。

 

「きゃっ! ジット何すんの!?」

 

 ドンッ!!


 大きな音がして、衝撃波でジットたちは吹き飛ぶ。

 

「なんなの…」


 家を振り返ってみると人の背丈の数倍はある黒いカエルが家を下敷きに居座っている。

 

「ひいっ!」


 老婆が悲鳴を上げる。


 気づくとあたりは魔物に囲まれている。

 逃げ道はない。


「いったいどうすれば…」


「クエッ!」


 セナが肩から飛び立ち魔物に向かっていく。


 しかし、素早い動きで魔物を避け、急旋回し戻ってくる。

 その脚には片手剣を引っ掛けている。


「これは僕の…よし」


 ジットはセナから片手剣を受け取り、鞘から身を抜き構える。


「姉さん、センダおばさん! 

 僕が道を切り開くから後ろについてきて!

 逃げる先は…」


「村の外れの林に小さいが砦を築いてる!

 まあ、そこもいつまで持つかしれないが…」


「どのみち他に逃げる場所もないよね…

 姉さん、準備はいい?」


「う、うん」


 ジットは村人の指す方向へ向き直る。

 

 深呼吸をして覚悟を決める。


「よし…『エンバ』!」

 

 魔物の群れに向かって火球を放つ。

 火球が魔物を灰にする、その部分が僅かに凹む。


「そこだ!」


 ジットは魔物の群れに突っ込む。

 一匹の魔物に片手剣を突き立てる。

 

 魔物はボロボロと灰になって崩れる。

 

「『エンバ』『エンバ』『エンバ』!!」


 できた隙を埋めるように火球を撃ちまくる。


「まだまだ!」


 片手剣で魔物を斬る。


「『エンバ』!」

 

 火球で魔物を焼く。


「くらえ!」


 斬る


「『エンバ』!」


 焼く


 気づくと包囲は突破している。

 しかし、魔物たちはこちらに向かってきている。


 今度はジットが最後尾となり攻撃を防ぐ。 


 終わりは見えない。

 ただひたすらに斬り伏せる。

 魔物の攻撃を喰らっても、怯んではいられない。


「なんとか…姉さんたちだけでも!」


 気づくとジットの身体は傷だらけになっている。

 しかし回復魔法を使う暇もなく魔物は畳み掛けてくる。


「きゃあ!」


「姉さん!」


 ジットが狩り損ねた一匹の魔物がジーナに向かって襲いかかる。


 そこを間一髪でジットが庇う。


「ッ—『エンバ』!」


「ジット!」

 

 ジーナへの攻撃を庇った際、魔物の攻撃を受けジットの右腕は大きな傷を負い血塗れになっている。


 咄嗟にジットは魔法で魔物を倒すが片手剣も使えなくなったこの腕では、逃げ切ることも難しい。


 再び魔物が集まってくる。

 魔法も無限に使える訳ではない、いつかは戦えなくなる。

 剣を振るって倒すのも限界がある。


 ここまでか———


「クエーーー!」


 セナが鳴くと『衝撃波』が起こる。

 周囲の魔物が吹き飛ぶ。


「セナ、そんな事できたのか!

 いや、それよりその力貸してくれ!」


「クエッ!」


 セナは誇らしそうに鳴く。




「姉さん、センダおばさん、セナ! 

 いくよ!」


「わ、分かった!」


 セナが魔物を吹き飛ばしている隙に、腕を回復したジットは後退しながら魔物を迎え撃つ。


「セナ、頼む!」


「クエーーー!」


 セナが『衝撃波』を放ち魔物を吹き飛ばす。

 この間はジットも自由に動ける。


「これならいける!」


 進むスピードが上がる。

 逃げ切れる希望が見える。


「このまま砦まで!」


 ジットとセナの連携で逃げる速度は速くなった。


 幸い魔物の数は多いが、強さはそこまでだ。


「見えたあの林の中だ!」


 そう村人が指差す方向にはあの老人と特訓していた林がある。


「あそこにそんなのあったっけ?…

 まあいいや!」


 林はもう目と鼻の前だ。

 しかし、妙な感触を覚える。


 先ほどの家にいたときと同じ感覚。


「まさか!」


 ジットはジーナと村人を抱えると大きく飛ぶ。


 飛んだすぐ後先程までジットたちがいた場所に大きな何かが飛び込んでくる。


「あの黒いジャイアントフロッグ!」


 ジットは、直感でこの魔物は今までの魔物と違う事を感じる。

 

「センダおばさん、砦はすぐそこなんだよね?」


「ああ、もうすぐだが…」


 ジットは何やら覚悟を決めた顔をする。


「姉さん、先に行って!

 こいつは僕が食い止める!」


「ジット!?」


 ジットはジーナたちに背をむけ剣を構える。


「何言ってんの、アンタも一緒に—


 ゲコッ!


 ジャイアントフロッグが攻撃を仕掛ける。

 舌を伸ばし、勢いよく薙ぎ払う。


 ジットは思い切り剣を振り下ろし、向かってくる舌を切り飛ばそうとする。


 しかし、舌の勢いが強くジットは吹き飛ばされる。


「ジット!」


 ジーナが大声で叫ぶとジャイアントフロッグは、ギョロッとジーナを見つめる。


「『エンバ』!」


 火球が命中し、ジーナから気が逸れる。


「姉さん! 速く行って!」


 ジットが大声で叫ぶ。


「いくよ、ジーナ」


 村人はジーナを無理やり連れて行こうとする。

 

「やめて、センダおばさん!

 ジット! 来なさい!」

 

 ジットはその声を無視して、相対する。


 幸い、先ほどの衝撃で近くの他の魔物は吹き飛んだ。

 問題はこのジャイアントフロッグだけだ。


「覚悟しろジャイアントフロッグ!

 僕が相手だ!」


 この魔物を砦に向かわせるわけにはいかない。

 

「『エンバ』!」


 火球をジャイアントフロッグ目掛けて打ち込む。

 しかし、効いている様子はない。

 どうやら体表のヌメヌメした粘液が火の威力を殺しているらしい。


「エンバが効かない…なら!」


 遠距離戦は諦めて近づいて戦う。

 

 距離を詰めようとするとジャイアントフロッグは長い舌で攻撃を仕掛けてくる。

 

「うわっ!」


 真っ直ぐ飛んできたと思ったら、急に軌道を変え曲がってくる。

 

 予測不可能な舌の攻撃に、ジットは間一髪で避ける。


 その舌の攻撃が当たった地面はえぐれる。

 当たったらひとたまりもない。


「くらえ!」


 なんとか近づき斬りつける。

 しかし、剣は肉に食い込まず体表を撫でるだけに終わる。


「滑って斬れない!」


 何度か斬りかかってみるが刃がとおる気配はない。


 ジャイアントフロッグも敵にもならないと感じたのか砦の方向を向いている。


「敵はそっちじゃなくてこっちにいるぞ!

 『エンバ』!!」


 ジットは体表に向かって火球を放ち、その場所に剣を突き刺す。

 滑りが落ちた部分に剣が刺さる。


——ゲコッ!


 ジャイアントフロッグは悶え暴れる。


「うわっ!」


 ジットは暴れ回るジャイアントフロッグに打ち上げられる。

 片手剣はまだ刺さったままだ。


「しまっ—


 ジットが声を出そうとした瞬間、怒り狂ったジャイアントフロッグの舌攻撃が飛んでくる。


 空中ではなす術がない。


「がっ—


 勢いよく家屋に叩きつけられる。

 壁にヒビが入るほどの衝撃、意識は飛びかける。


 しかしジャイアントフロッグは容赦なく追撃する。


 周囲一帯を舌で薙ぎ払う。


「…かはっ…」


 その一撃はジットに直撃する。

 叩きつけられた家屋さえ破壊しながら広場まで吹き飛ばされる。


「………」


 ジットは強く地面に叩きつけられる。

 完全に力も抜けて道の中央でうつ伏せになる。


「ごめ…ん、姉さん…もう…僕—


「立って、勇者」


 ジットの耳元で誰かが囁く。


「立ちなさい、勇者」


「…誰?」


 ジットは力を振り絞って瞼を開く。

 薄ぼんやりと人影が見える。


「立たないと—


 何かが空気を割きながら近づいてくる音が聞こえる。


 瞬間、ジットの身が動く。

 考えるより先に動く。

 動かないはずの体を動かす。


 気づくと見知らぬ女を抱えて迫っていた舌の攻撃を避けている。


「死ぬよ?」




「君、大丈夫?」


 ジットは女を連れて家屋の物陰に潜み女の無事を確認する。


 ジャイアントフロッグの攻撃を避けた後、近くの物陰で身を潜める。


 幸い、家の倒壊で土埃がたちいい目眩しになったらしい。


 ジャイアントフロッグが暴れる音が離れていく。


「見た感じ大きな怪我とかは無さそうだけど…」


 自身に回復魔法をかけながら改めて女を観察する。


 身長は高め、黒いローブで隠れてはいるがすらっとした体型。

 とびきり目を引くのは吸い込まれそうなほど綺麗な漆黒の目と髪。


 少なくとも村では今まで見た事がない。


「君は誰?」


 ジットは質問をする。


「わたし…誰?」


 女は自分を指差しながら、首を傾げる。


「ええっと、じゃあ君の名前は?」


「…カルナ?」


 “カルナ”と名乗る女は首を傾げながら話す。


 ジットはますます女に対して訝しむ視線を浴びせる。

 やはり全く聞いた事がない。


「ジロジロ見られると恥ずかしい…」


 カルナは白い顔を赤らめ、羽織っている黒いローブで顔を隠す。


「え、ああごめん!」


 ジットも顔を赤くして顔を逸らす。


「えっと、聞いていいかな?

 なんでこんなところに—


「あ」


 カルナは一言呟くとジットの背後を指差す。


 振り返ると—ジャイアントフロッグがこちらを見つめている。


「大きい、カエル…」


「まずい!」


 ジットは再びカルナを抱えて走り出す。


 今度は逃げる場所がない。


「せめて、君だけでも—


 火球を放とうとした時、大きな音が鳴り視界が砂埃で覆われる。


「ジット、大丈夫か?」


「クエッ!」


 砂埃の中から逞しい男の声と鳥の鳴き声が聞こえる。


「ルバス! セナ!」


 絶望の状況に現れた友と相棒の声はジットを再び奮い立たせるのに十分だった。


「ん? 誰だそいつ?」


 ルバスはカルナを指差し疑問を投げかける。

 

—ゲコッ!


 ジャイアントフロッグは隙を見逃さず攻撃を仕掛けてくる。


「おっと、危ねえ!

 まあまずはこの魔物を倒してからだな!」


「クエーーー!」


 セナが『衝撃波』を放つ。


「くらえ!」


 ルバスが斧を振りかざす。

 しかし、滑って刃が食い込まない。


「ルバス! 火炎斧だ!

 表面の滑りを飛ばしながら攻撃を」


「了解、『火炎斧』!」


 ジットの助言に間髪入れず、燃え盛る斧の一撃を叩き込む。

 その一撃は肉を割き、ダメージを与える。

 ジャイアントフロッグは明らかに怯む。

 

「よし、効いてる!」


—ゲコッ!


 ジャイアントフロッグが身体を縮める。


「次、舌で攻撃してくる!」


「舌?」


 一瞬戸惑ったルバスに向かって舌の攻撃が弾丸の様に飛んでいく。


「おわっ!」


 ルバスは間一髪のところで斧で弾く。


「こりゃあ凄い威力だな!」


「僕が見た中で一番驚異なのはあの攻撃だ。

 予備動作に気をつけて!」


「おうよ、『分身』!」


 ルバスは分身を出して、ヘイトを散らし果敢にジャイアントフロッグに突撃する。


「えっと、カルナさん?

 倒してくるからここで待っ—」


「やだ…」


「…やだ?」


 予想外の返答をするカルナに思わずジットはたじろぐ。


「わたしも戦う」


「た、戦うって…」


 気づくといつの間にか、カルナの手にはレイピアが握られている。


「いつの間に—


「これ、あなたの」


 なぜかジットにも片手剣を手渡してくる。

 刀身が深紅に染まった美しい剣だった。


「え?」


「じゃあ、いこう」


 そう言うとカルナはジャイアントフロッグに突撃する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る