第2章 ロンドンの黒い夜

 ロンドンに黒い霧が降りた夜、ウェストミンスターの裏路地で最初の死体が発見された。

 首筋には獣の牙による咬み跡、胸は鋭い爪で抉られ、顔は恐怖に歪んでいた。

 それはまるで、獰猛な獣に襲われたかのような惨状だった。


 しかし奇妙なことに、血に濡れた石畳には――足跡がひとつも残っていなかった。


 警察は獣による殺傷と断定し、街には“狂った犬の怪物”の噂が広がった。

 だが、ホームズは報告書の中にあったわずかな証言に目を留めた。



 “付近で異様な冷気を感じた、という通報あり”



 「牙と爪……ならば狼男。

  しかし足跡がないとなれば、姿なき者……つまりグリフィンの可能性もある」


 ホームズは顎に指を当て、考え込んだ。


 「あるいは、これは二つの怪異が“共謀”している証左かもしれん。

  それとも、どちらかが“他方になりすましている”か……」


 ワトソンは顔を曇らせた。


 「共に動いているとすれば、これは……“闇の連盟”の動きの兆候か?」


 「ああ。奴らは既に動き出している。

  ただし、目的はまだ見えない。ロンドンを混乱させること自体が狙いか、あるいは……警告か」



 その夜、ベイカー街の書斎でも異変が起きた。

 本棚の隙間から冷風が抜け、机上のインク瓶が倒れた。

 ワトソンが飛び込んだとき、部屋は静寂に包まれていた。


 だが、白紙の上に黒インクで記された一文が揺れていた。



 “連盟の前に、過去を知れ。

  すべては、あの“夜会”から始まった”



 「狼男の暴走に見せかけて……透明人間が動いている。

  どちらも“闇の連盟”の構成員。すなわち、すでに結集は始まっている」


 ホームズはゆっくりと煙草に火をつけた。


 「“ロンドンの黒い夜”……これは、その“宣言”だ」

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