第2話-2 才能と断絶

「……同情のつもり?」

沙耶は、レイナとあおいを交互に睨みつける。その瞳には、一切の熱を感じさせない冷たさがあった。それと同時に、行き場のない怒りに満ちていた。


「サッカーができなくなって、居場所もなくなって、さぞかし暇だろうって?……可哀想な私たちに、代わりの『遊び』でも与えてくれようっていうの?」

その言葉は、レイナだけでなく、あおいの胸にも深く、深く突き刺さった。沙耶の唇が、嘲るように、ほんのわずかに歪む。


「悪いけど、おままごとは他所でやって。あなたたちがどんな夢を持とうが勝手だけど……私たちを、巻き込まないで」

その言葉に、レイナが何かを言い返そうとした瞬間。

隣にいたあおいが、その腕をそっと制した。


「……おままごとじゃないよ。本気」

静かな声だった。沙耶の昏い瞳が、初めてあおいを真正面から捉える。


「その目……全部終わったって顔してる」

一瞬の沈黙。

あおいは、沙耶の瞳の奥にある、消えていない光を見つめた。


「でも、あなたの悔しさは、サッカーに対して、本気で向き合ってきたからなんだよね。」


「だから、これは同情じゃない、スカウト。その本気こそ、私たちは欲しいんだ。それに、私たちの同志が増えることで、学校を動かしたいの。だから、力を貸して欲しいんだ」

沙耶の肩が、ほんのわずかに震えた。

しかし彼女は、何も答えなかった。

ただ、唇をきつく結ぶと、あおいから視線を外し、隣に立つ美咲に「……行くよ」とだけ小さく呟いた。

そして、立ち上がると、一度も振り返ることなく、廊下の奥へ消えていった。



水曜日の放課後。

高梨沙耶は気づけば、校舎裏へと向かう自分の足音を聞いていた。


「別に、あいつらのことなんて……」

誰に言うでもない言い訳を心の中で呟きながらも、ただ、確かめずにはいられなかったのだ。

あの二人がアカの他人の自分を、一生懸命誘いこもうとしていた「ラグビー」とは、一体どの程度ものなのか。

忘れられた空き地が見える、校舎の角。

壁に身を隠すようにして、そっと中を覗き込む。

そこには、柚木あおいと南雲レイナの二人しかいなかった。


「あおい、パス! もっと腰入れて!」


「う、うん……て、うわっ!」


レイナが投げた楕円形のボールを、あおいは見事に顔面で受け止めていた。

芝生の上にひっくり返るあおいを見て、レイナが腹を抱えて笑っている。


「あはは! ナイスキャッチ、顔面で!」


「……っさい! もう一回!」

顔を真っ赤にして起き上がったあおいが、ムキになってボールを拾う。

その姿は、お世辞にも上手いとは言えなかった。

パスはよろよろと飛び、キャッチはぎこちない。

傍から見れば、それはただの素人のボール遊びだ。


沙耶は、呆れてため息をつきそうになった。

あんなもので、本気で部活を作ろうと?

だが、なぜだろう、二人から目が離せなかった。

下手くそなのに。

無駄な動きばかりなのに。

勝ち負けも、プレッシャーも、何もない。

ただ、ボールを追いかけることが楽しくて仕方がないという、無防備な笑顔。


不意に、二人の会話が微かに耳に届いた。

練習の手を止め、芝生に座り込んだレイナが、空を見上げながら言った。

「セブンズってさ、サッカーとかバスケとちょっと似てるとこあんの。スペース見つけて、そこに走り込むのが大事だから。あおい、バスケやってたなら、絶対得意だって」


「セブンズ……?」

あおいが聞き返す。


「そう、7人制ラグビー。15人制よりずっとスピーディーで、一人一人の役割が超重要なんだ。だから、面白い」

レイナは、まるで宝物の在り処を語るように、目を輝かせた。


「……で、本当に全国大会とか、目指せるもんなの?」

あおいの、少し不安げな声。

それに、レイナはニッと歯を見せて、当たり前のように答えた。


「目指すに決まってんじゃん。てか、私たちが最初の道になるんだから。目指さなきゃ、始まらないでしょ」


全国大会。

無邪気にパス練習をしているレイナが、さも当然のように発したその言葉が、沙耶の胸に、ズン、と重く響いた。



自分が掴み損ね、全てを失うきっかけになった、その言葉。

あの少女は、何のてらいもなく、それを口にする。まるで、世界の中心で、自分たちの物語が始まることを微塵も疑っていないかのように。


——ばかみたい……

沙耶は、踵を返した。

これ以上見ていたら、自分が築き上げた心の壁に、ひびが入ってしまいそうだったから。

だが、その耳には、二人の楽しそうな笑い声が、いつまでもこびりついて離れなかった。

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