第2話-2 才能と断絶
「……同情のつもり?」
沙耶は、レイナとあおいを交互に睨みつける。その瞳には、一切の熱を感じさせない冷たさがあった。それと同時に、行き場のない怒りに満ちていた。
「サッカーができなくなって、居場所もなくなって、さぞかし暇だろうって?……可哀想な私たちに、代わりの『遊び』でも与えてくれようっていうの?」
その言葉は、レイナだけでなく、あおいの胸にも深く、深く突き刺さった。沙耶の唇が、嘲るように、ほんのわずかに歪む。
「悪いけど、おままごとは他所でやって。あなたたちがどんな夢を持とうが勝手だけど……私たちを、巻き込まないで」
その言葉に、レイナが何かを言い返そうとした瞬間。
隣にいたあおいが、その腕をそっと制した。
「……おままごとじゃないよ。本気」
静かな声だった。沙耶の昏い瞳が、初めてあおいを真正面から捉える。
「その目……全部終わったって顔してる」
一瞬の沈黙。
あおいは、沙耶の瞳の奥にある、消えていない光を見つめた。
「でも、あなたの悔しさは、サッカーに対して、本気で向き合ってきたからなんだよね。」
「だから、これは同情じゃない、スカウト。その本気こそ、私たちは欲しいんだ。それに、私たちの同志が増えることで、学校を動かしたいの。だから、力を貸して欲しいんだ」
沙耶の肩が、ほんのわずかに震えた。
しかし彼女は、何も答えなかった。
ただ、唇をきつく結ぶと、あおいから視線を外し、隣に立つ美咲に「……行くよ」とだけ小さく呟いた。
そして、立ち上がると、一度も振り返ることなく、廊下の奥へ消えていった。
◇
水曜日の放課後。
高梨沙耶は気づけば、校舎裏へと向かう自分の足音を聞いていた。
「別に、あいつらのことなんて……」
誰に言うでもない言い訳を心の中で呟きながらも、ただ、確かめずにはいられなかったのだ。
あの二人がアカの他人の自分を、一生懸命誘いこもうとしていた「ラグビー」とは、一体どの程度ものなのか。
忘れられた空き地が見える、校舎の角。
壁に身を隠すようにして、そっと中を覗き込む。
そこには、柚木あおいと南雲レイナの二人しかいなかった。
「あおい、パス! もっと腰入れて!」
「う、うん……て、うわっ!」
レイナが投げた楕円形のボールを、あおいは見事に顔面で受け止めていた。
芝生の上にひっくり返るあおいを見て、レイナが腹を抱えて笑っている。
「あはは! ナイスキャッチ、顔面で!」
「……っさい! もう一回!」
顔を真っ赤にして起き上がったあおいが、ムキになってボールを拾う。
その姿は、お世辞にも上手いとは言えなかった。
パスはよろよろと飛び、キャッチはぎこちない。
傍から見れば、それはただの素人のボール遊びだ。
沙耶は、呆れてため息をつきそうになった。
あんなもので、本気で部活を作ろうと?
だが、なぜだろう、二人から目が離せなかった。
下手くそなのに。
無駄な動きばかりなのに。
勝ち負けも、プレッシャーも、何もない。
ただ、ボールを追いかけることが楽しくて仕方がないという、無防備な笑顔。
不意に、二人の会話が微かに耳に届いた。
練習の手を止め、芝生に座り込んだレイナが、空を見上げながら言った。
「セブンズってさ、サッカーとかバスケとちょっと似てるとこあんの。スペース見つけて、そこに走り込むのが大事だから。あおい、バスケやってたなら、絶対得意だって」
「セブンズ……?」
あおいが聞き返す。
「そう、7人制ラグビー。15人制よりずっとスピーディーで、一人一人の役割が超重要なんだ。だから、面白い」
レイナは、まるで宝物の在り処を語るように、目を輝かせた。
「……で、本当に全国大会とか、目指せるもんなの?」
あおいの、少し不安げな声。
それに、レイナはニッと歯を見せて、当たり前のように答えた。
「目指すに決まってんじゃん。てか、私たちが最初の道になるんだから。目指さなきゃ、始まらないでしょ」
全国大会。
無邪気にパス練習をしているレイナが、さも当然のように発したその言葉が、沙耶の胸に、ズン、と重く響いた。
自分が掴み損ね、全てを失うきっかけになった、その言葉。
あの少女は、何のてらいもなく、それを口にする。まるで、世界の中心で、自分たちの物語が始まることを微塵も疑っていないかのように。
——ばかみたい……
沙耶は、踵を返した。
これ以上見ていたら、自分が築き上げた心の壁に、ひびが入ってしまいそうだったから。
だが、その耳には、二人の楽しそうな笑い声が、いつまでもこびりついて離れなかった。
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