第19話-1 燃え尽きた太陽

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」


大歓声。

「レイナ! やった! やったよ!」

「キャプテン、最高!」


だが、その中心で、あおいは気付いた。

抱き上げたレイナの身体から、張り詰めていた全ての糸が、ぷつりと切れてしまったかのように、力が抜けていくのを。

「レイナ?」

あおいの声に、歓喜の輪が、水を打ったように静まり返る。

あおいに抱きかかえられたまま、レイナは、もう立ち上がることができなかった。

その顔には、まだ微かに笑顔が浮かんでいる。

だが、その瞳の焦点は虚ろに宙を彷徨い、額には脂汗がびっしりと浮かんでいた。浅く、速い呼吸が、彼女の身体が限界を超えていることを物語っている。

ピーッ! 状況を察した主審が、鋭く、しかし短く笛を吹いた。そして、タッチラインの外に向かって、メディカルスタッフを要請するジェスチャーを明確に示した。

「不思議だけど、あおいのやりたいこと、全部分かった。…完璧だったでしょ? 私の、エア・レイナ……」


声が、かすれて途切れ途切れだ。


「うん、レイナなら、きっとわかるって信じてた」

あおいは、涙がこぼれ落ちそうになるのを、必死で堪えた。

レイナの視線が、ゆっくりとあおいを捉える。その瞳の奥で、最後の光が、必死に燃え盛っていた。


「……あとは……」


「うん」


「……頼んだよ……」


「当たり前でしょ」


あおいは、レイナの手を強く、強く握りしめた。


「レイナの分まで、絶対に勝つから。あとは任せて」

その言葉を聞いて、レイナは、まるで安心して全てを委ねるかのように、ふっと息を吐いた。


メディカルスタッフが駆けつけ、状態を確認する。


スタンドの熱狂は、フィールド上の異変に気づき、急速に不安の色へと変わっていった。

「レイナちゃん……?」

雪乃の声が震える。拓海は、言葉もなく、ただ事態を飲み込めずに立ち尽くしていた。

「……まずいわね」

佳代子が、元選手の厳しい目で呟いた。

「さっきのタックルで、絶対どこか痛めてるのよ。なのに、今のダイビングトライ。もしかしたら骨やってるのかも。アドレナリンで痛みを感じていなかっただけ。……無茶しすぎよ、あの子」

その隣で、玲華は息をのんだ。

さっきまで、娘と抱き合って最高の笑顔を浮かべていた少女が、今はぐったりと仲間たちの腕に身を委ねている。これが、スポーツ。

これが、勝負の世界。

華やかなショーの裏側にある、剥き出しの、あまりにも過酷な現実を、彼女は初めて目の当たりにしていた。


メディカルスタッフが、レフリーと清陵ベンチに向かって、頭の上で大きくバツを示す。



「――交代だ」


ベンチの前で、武田が静かに、しかし非情な決断を下した。


「まり、行けるな」

その声に、ベンチの隅で静かに屈伸を続けていた影が、ぴたりと動きを止めた。


内田まり。背番号「10」。

彼女は、試合開始のホイッスルが鳴った瞬間から、ずっと一人、身体を動かし続けていた。誰に言われるでもなく、いつ、どんな形で出番が来ても、最高のパフォーマンスを発揮できるように。その地道で、誰にも気づかれない努力こそが、彼女の誠実さの証だった。


「はい、大丈夫です」


短い返事。だが、その声には、一切の迷いも揺らぎもなかった。

フィールドへ向かう、数歩手前。

まりは、一度だけ、足を止めた。

そして、ゆっくりと目を閉じる。

フゥゥゥゥ……。

スタジアムの喧騒が、遠ざかっていく。

仲間たちの叫びも、敵の殺気も、観客のどよめきも、全てが凪いだ水面の向こう側へと消えていく。

聞こえるのは、自分の呼吸の音だけ。

吸って、吐いて。

合気道で叩き込まれた、静かなる呼吸。それは、荒れ狂う嵐の中心で、不動の自分を確立するための儀式。

彼女の精神は、今、静まり返った道場にいた。

窓から差し込む朝の光が、舞い上がる塵を金色に照らし出す、あの神聖な空間に。

争わない武道。相手の力を受け入れ、受け流し、一つの大きな流れへと調和させる。

そうだ。私は、戦いに行くんじゃない。

この、チームという大きな流れの一部に、なるために行くんだ。

レイナの熱を、あおいの閃きを、仲間たちの魂の叫びを、全て受け止め、そして、勝利という一つの形へと、導くために。

スッ、と。

まりは、静かに目を開いた。

その瞳は、先ほどまでとは別人のように、深く、澄み切っていた。

嵐の前の海のような、絶対的な静けさと、その奥に計り知れないエネルギーを秘めた、覚悟の光。


フィールドでは、担架に乗せられたレイナが、ゆっくりと運び出されていく。その姿に、スタンドから、この日一番の、温かい拍手が送られた。

レイナは、朦朧とする意識の中、最後に、フィールドに残る仲間たちの姿を目に焼き付けた。そして、あおいにだけ見えるように、小さく、親指を立てた。

入れ替わるように、背番号「10」をつけたまりが、静かな、しかし確かな足取りで、緑の絨毯へと足を踏み入れる。

時計は、止まったまま。

戦いは、まだ、終わらない。

最後の逆転劇へ。

静かなる潮流が、今、戦場へと流れ込む。

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