第6話

 四月も中盤に差しかかり、教室の掲示板に貼り出された紙が、生徒たちの間でざわつきを呼んでいた。

 それは、体育祭の組分けと競技ペアの一覧表。


「おっ、俺はリレー……と、もう一つは……二人三脚?」


 名前の並ぶ欄を目で追っていく。

 すると、俺の隣に書かれた名前に、思わずフリーズした。


“桐谷蒼真 ― 雪城澪”


「……」


 やられた。


 このパターン、嫌な予感しかしない。


 予感は、当然のように的中する。


「桐谷。掲示、見た?」


 ――放課後。机で荷物をまとめている俺に、ひょこっと顔を出すツンデレ副会長・雪城澪。


「二人三脚だってね、わたしたち」


「ああ、見た。びっくりしたよ。何かの間違いかと思った」


「失礼ね。わたしがペアになってあげるなんて、光栄なことなんだからね」


「どの口が……」


「それに、わたしがあなたの足を引っ張るわけにはいかないから」


 澪は腕を組み、キリッとした顔で続ける。


「というわけで。放課後は、中庭で練習。逃げたら、生徒会規約違反として処罰するわ」


「生徒会ってそんな権限あるのかよ……」


「あるの。わたしが言うから」


「独裁だな、おい」


 そんなやり取りをしていると――


「やっほ〜、蒼真くん♡」


 ひょっこりと顔を出してきたのは、栗色ショートの小悪魔系美少女・白河天音。


「……あら、また現れたのね」


「“また”ってなに〜? わたし、今日から体育祭の実行委員も手伝うことになったんだよ?」


「……えっ」


 知らなかった。俺も。


「でねでね〜? わたしも、リレーのバトン渡す相手、変更してもらっちゃった♡」


「……まさか」


「ふふっ♪ 蒼真くんに決まってるじゃん」


「おいおいおいおい!?」


「“蒼真くん、誰より信頼してます!”って言ったら、すぐOKだったよ?」


「先生もチョロいな……!」


 その瞬間、澪の目元がピクリと動いた。


「“信頼”って……便利な言葉ね」


「うふふ、“昔の約束”よりは現実的でしょ?」


「……!」


 火花が、バチッと散った音が聞こえた(気がした)。


 二人の間に流れる、静かな殺気。


「……じゃあ、桐谷」


 澪が俺の袖を引っぱりながら、真顔で言った。


「今日から、毎日練習よ。二人三脚の。図書室裏の中庭で。時間厳守。遅刻厳禁。逃げたら死刑」


「生徒会どころか法治国家でもないんだけど!?」


「強制。以上!」


 そう言い残して、彼女はくるりと背を向けてスタスタと歩き出す。


 俺はその背中を見送った後、隣の天音に目をやる。


「……なんでそんなことしたんだよ」


「ん〜? なにが?」


「わざわざリレーのペア変えてまで……」


 天音はくすりと笑って、俺の目をまっすぐ見つめた。


「だって、蒼真くんは、わたしの“お嫁さんにするって言った”人なんだよ?」


「それは小1のときのノリだろ!?」


「約束って、そういうときのが、意外と本気だったりするんだよ?」


 その言葉に、俺は言い返せなかった。


 思い出す。幼い頃、天音と川沿いで約束した、指切りげんまん。

 ――記憶の奥底に沈んでいた“なにか”が、今さら引っ張り出されるなんて。


「ふふ。……じゃあ、蒼真くん。体育祭、楽しみにしてるからね?」


 そう言って天音は、俺のネクタイをすっと引っ張りながら、顔を近づけてきた。


「……副会長さんに負けないくらい、頑張っちゃうよ?」


「やめてくれ……俺の精神HPはもうゼロだよ……」


 逃げ場のない修羅場は、もう始まっていた。

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