第4話

 昼休みのチャイムが鳴り響くと、俺は自然と教室の隅の自席へ向かっていた。


 最近はもう慣れてきたけど、毎日のように誰かが話しかけてくるわけでもなく、基本的にひとりで弁当を食べていた。


 ……のはず、だったのに。


「ど、どうぞ」


 目の前に置かれたのは、可愛らしいチェック柄の布で包まれた、手作り弁当。


「……え?」


「し、仕方なかったのよ! 朝寝坊してコンビニに寄れなかったんでしょ!? だから、作ってきてあげたのよ!」


「いや、俺そんなこと一言も――」


「いいから黙って受け取りなさいっ!」


 ついに俺専属ツンデレ監視官、雪城澪からの“給食補助”が始まってしまった。


 いや、ありがたいんだけどさ。


「……ていうか、それってつまり、俺の分も作ってきたってこと?」


「う、うるさいわね! たまたま多めにできちゃっただけよ!」


「……わざわざお弁当箱2個使って?」


「こ、細かいこと気にしないのっ!」


 澪はぷいっと顔をそむけながらも、ちらちらと俺の反応を伺っている。

 ……これは、絶対に変な顔して食べたらアウトなやつだな。


 俺は箸を取り、おかずの一つ――卵焼きを口に運んだ。


「……」


「……な、なに? 何か言いなさいよ……」


「うまい」


「……えっ」


 その声は、本当に小さくて、驚きがにじんでいた。


「卵焼き、ちょっと甘めで、でも出汁の味もして、ちゃんと手間かけてるやつだ。……好きな味だよ」


「…………っ!」


 澪の顔が、みるみる赤くなっていく。

 そして次の瞬間、彼女は机に顔を伏せて叫んだ。


「な、なによそれっ! そ、そんなの……ほめられても、全然嬉しくなんかないんだからね!!」


「いや、完全に喜んでるリアクションだったけど」


「うるさいっ!! こういうときは、“ごちそうさま”って言っときゃいいのよ、ばかっ!」


「まだ食べ終わってないよ!?」


 わかりやすいにもほどがある。


 でも、その“わかりやすさ”が、ちょっとだけ心をあたためてくれる。


 俺は思わず、にやけてしまいそうになるのをこらえて、そっと弁当を食べ進めた。


 ……それから数分後。


 教室の窓側で並んでお弁当を食べる俺たちに、周囲の視線が集中していることに気づく。


「ねぇ、雪城さんと桐谷くんって、最近ずっと一緒じゃない?」


「いや、あれほぼ彼女じゃね?」


「毎日“監視”って言ってつきまとってるって、逆にデレの裏返しでは……」


 ざわつく教室。ヒソヒソ声が耳に届くたび、澪の肩がピクピク震える。


 そして――


「ち、ちがうからっ! べっ、別に桐谷のことが好きとか、ぜっっっったいないからっ!!」


 教室全体に響き渡る声。

 あまりにも大声だったせいで、廊下を歩いてた先生まで顔を出した。


「お、おい……静かにしろよ、雪城」


「せ、先生!? い、いまのはその、違って……」


 顔面真っ赤でぷるぷる震える澪。

 俺はというと、なんかもう、色んな意味で腹いっぱいだった。


 でもその日一日、俺の胸には、不思議な感情がずっと残り続けていた。


 優しい味と、不器用な好意。

 どちらも、しっかりと心に染み込んでいた。

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