第3話

「ねぇ、桐谷。あんた、今日の放課後、ヒマでしょ?」


「……なにその“決定事項です”みたいな口ぶり」


 放課後、教室の窓を閉めていた俺に、雪城澪は背後から当然のように声をかけてきた。


「はい、って言いなさい」


「何その圧……で、何する気?」


「図書室。ちょっと、生徒会から頼まれた本の整理があるの」


「……あー。俺は関係なくない?」


「ふっ……甘いわね、桐谷。あんたは“監視対象”なんだから、当然付き添ってもらうわ!」


「何その制度。何の役に立ってるの?」


「わたしの心の平穏よ!」


「それ、完全に私的理由……」


 結局、押し切られてついて行くことに。


 放課後の図書室は、静まり返っていた。

 外から差し込む夕陽で、棚の隙間にオレンジ色の光がこぼれている。


「なんか、ここ……思ったより落ち着くな」


「でしょ? わたしのお気に入りの場所なの」


 澪はそう言いながら、慣れた手つきで資料の棚に向かっていく。

 俺はと言えば、段ボールの山に囲まれて、リストと本のタイトルを確認する係にされていた。


「この“学園七不思議”って本、こんなに人気あるんだな……」


「ふふっ。怪談はね、どの時代でも一定の需要があるのよ」


「意外とそういうの好きなんだ?」


「い、意外って何よ! わたしだってホラーぐらい嗜むわよ!」


「おばけ苦手そうなイメージだったけど」


「そ、そんなことないし……。少しくらいなら、平気だし……っ!」


「小声になってるけど」


「うるさいっ!」


 そんな風に、言い合いとも、会話ともつかないやり取りをしていたら――


「……あれ?」


 突然、照明がふっと落ちた。


「え?」


 あたりが夕闇に包まれ、図書室が一気に暗くなる。


「……ちょ、ちょっと!? なんで電気、消えたのよ!?」


「タイマーかな? この時間になると自動で……」


「やだ、やだやだやだ! 暗いの、やっぱりちょっと苦手かも……!」


「やっぱり、じゃん!」


 思わず笑った俺に、澪は睨みをきかせ――

 でも次の瞬間、そっと俺の制服の裾をつかんできた。


「ちょ、ちょっとだけ……こうしててもいいでしょ……?」


「……はいはい、どうぞ」


 暗い図書室。しんとした空間の中で、俺と澪は、ほんのわずかに距離を縮めた。

 聞こえるのは、ページをめくる音と……ふたりの心音だけ。


「……ねぇ、桐谷」


「ん?」


「わたしさ、あんたが転校してきたとき、“この人、絶対面倒な人だ”って思ったのよ」


「……あんまりな感想だな」


「でも……なんか、今は……」


「……今は?」


 しばらく沈黙。

 やがて、澪は小さくつぶやいた。


「……なんでもない」


 そして、手を離した。


「ほら、早く片づけ終わらせるわよ。暗いとこ長居したくないし!」


「はいはい、隊長」


「誰が隊長よ!」


 ――このとき俺はまだ、気づいていなかった。


 この静かな空間の中で、雪城澪の“心”の中に、確かな変化が芽生えていたことに。


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