第4話 無謀な社会冒険はやめ元のさやに戻った

 彩奈は興味津々な表情で、千尋に質問した。

「ほんと、その通りねエ。私もいやなことがあると、すぐ表情にでてしまうの。

 だから、娘の由梨にもすぐ見抜かれてしまう」

 千尋も同調して

「そういえば、由梨先輩はカンがよくて、後姿で人の心情が読めるんですよ。

 私、由梨先輩に誘われて一度だけ行った教会ですがね、そこでは礼拝のあと、お証(おあかし)の時間というのがあって、そこで三十歳くらいの元OLの証があったの。

 あっ、女優ばりの綺麗な人だったけどね」

 彩奈は身を乗り出した。

「もしかして、元反社だった沢崎牧師の弟子教会でしょう。

 お証(おあかし)の時間というのは、自分がイエスキリストを信じて変えられたというのを、包み隠さず教会内でご披露することでしょう。

 私も一度だけ、由梨に誘われてその教会に行ったけど、なかには、先週少年院から退院しましたという証をする青年に対し、なんと、拍手が起こったわ。

 普通は、なにワル自慢してるの、脅しのつもりと受け取り、眉をしかめる人もいるはずなのに、そんな雰囲気はなかった。

 由梨が語るに、これは神から生じた聖霊の働きではないかというの。

 聖霊というのは、神から人間に送られる風のようなものでね、目には見えない、匂いもせず、聞こえないし、肌触りもなく、形には見えないが、風が吹いてきたかのように感じることはできるの。

 私は、沢崎牧師の弟子教会に行ったとき、聖霊を感じることができたわ。

 ちょっぴり酔ったように、気分のいいものよ。

 何もかも忘れて、神に委ね、神と共に生きていくようになる。

 これって、とてつもない幸せを感じるわ」

 千尋は、自分もその聖霊の風とやらを受けてみたいと思った。

「話を元に戻しましょう。

 私は由梨先輩のうしろに座ったとき、お証(おあかし)の時間で、三十歳くらいの元OLのきれいな女性がお証を始めたの。

 なんとその女性は、田舎の高校一年生のとき、当時地元の暴走族に声をかけられ、付き合いだしたの。

 田舎に住んでいた彼女にとって、暴走族というのは都会的でとてつもなく、かっこいい存在に見えたそうです。

 つきあいだして半年後、さそわれるままに関係をもったそうです」

 彩奈は答えた。

「よくあるパターンね。最初から身体が目的で近づいてきて、女性の肩を組み、プリーズなんて言って腕を組むようなポーズをし、ホテルへ直行なんてね。

 まあ、淋しい女性ほどそれにひっかかるんだけどね」

 千尋はため息をつきながら、話を続けた。

「彼に誘われるまま、ホテルへいくと、たった一度のセックスで妊娠したのですが、彼は中絶を勧めました。

 それでも彼女は彼をあきらめきれずに、つきあっていたそうですが、やはり別れのときがきました。

 彼とつきあい初めて十年たった今、ようやく彼をあきらめることができたそうです」

 彩奈が答えた。

「私も含めて、まったく女性は傷を隠しておくことができずに、ペラペラとしゃべってしまうというよりも、自分の傷を理解してもらおうとするのよね。

 しかし、その元暴走族もよほど人当たりがよかったのかな」

 千尋はうなづきながら、話を続けた。

「それを聞いたクリスチャンの司会者は、ため息をつきながら

 赤裸々な体験談、有難うございましたと言って締めくくったわ」

 彩奈が答えた。

「それを聞いた男性はどう思うでしょうかね。

 悪党だったら、この女は遊べるかもしれない。でもあとで喋り散らされたら面倒なことになるぞと思って、ドン引きするかもしれないな。

 一般男性だったら、まあ友達どまりならいいけれど、真剣なつきあい、ましてや結婚となると引くだろうなあ」

 千尋もうなづいた。

「聖書の十戒に「あなたは姦淫してはならない」とあるわ。

 姦淫というのは、私はレイプのように、強制性交だと思っていたけれど、結婚前のセックスを姦淫だというのよね。

 だから同棲も姦淫のひとつなのね」

 彩奈は答えた。

「そういえばできちゃった婚、いや今は授かり婚というそうだけど、6割が離婚しているというわ。

 今は妊婦用のウエディングドレスもあるくらいよ。

 もちろん、身体の線のみえるなだらかなフレアードレスではなくて、たっぷりしたギャザードレスだけどね。

 男性はセックスるすると飽きてくる。

 だから、男性客をセックスという頂点まで行けるように思い切りじらし、金を消費させるのが、クラブ勤務のキャストなのよね」

 千尋は納得したかのようにうなずいた。

「だから、キャストが男性客に惚れるほどみじめなことはないというわね。

 キャストのつきあう相手は、やはり同業の水商売の男性が多いというわ。

 あっ、今からする話、山口洋子さんの本で読んだ実話ですよ。

 今から始まる、泣き笑い劇場の始まり、聞いて下さい」

 彩奈は真剣に聞き入っていた。

「ある非常にケチを通り越し、がめついクラブママがいました。

 二人でカフェ行っても、伝票をテーブルに置いたまま、相手が受け取るのを見計らい「あら、悪いわね」と巧妙にお茶代を相手におごらせるような、がめついおばさんだった。それがなんと年下のクラブの黒服に恋をしたの。

 さあ、それからは黒服のために、貢ぎあげた挙句の果て、店の権利書の名義も、なんと自宅の名義まで、その年下黒服男に書き換えたんですって」

 彩奈は思わず口をはさんだ。

「名義を書き換えるということは、単なる同棲ではなく、籍を入れて正式に結婚したということなのかな?」

 千尋は冷静に答えた。

「いや、結婚にまで発展する筈がなかった。というのは、その年下黒服男にはすでに家庭があったのよね。

 結局、そのがめついクラブママは、利用されてたに過ぎなかったのよ」

 彩奈は目を丸くて、千尋の話に聞き入ったあと、二人は顔を見合わせてフーッとため息をついた。

「千尋の泣き笑い劇場、お聞き頂いて有難うございました。

 しかし私が思うに、そのがめついクラブママは、結構純情な人だったかもしれないわね」

 彩奈は思わず答えた。

「外ヅラは菩薩のように優しく慈悲深いように見えるが、内ヅラは冷酷な鬼のように、外面菩薩で内面夜叉という言葉があるが、そのクラブママはそれとは正反対の外面夜叉で、内面菩薩の部分があったのかもしれないわね。

 普段は、客にだまされないように精一杯強がり、虚勢を張っているが、惚れた男の前では、忘れかけていたなけなしの純情がでたのかもしれないわ」

 千尋は、少し調子に乗って

「山口洋子さんの著書から、もう一遍ご披露します。

 今度は、それこそ夜叉の世界。赤坂クラブ出身の銀座クラブママがむごい殺され方をした話をご披露します。

 鳥肌が立ち、ブルブル震えないために、今のうちに体を温めておいて下さい」

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