第3話 イエスキリストの十字架の意味 

 彩奈はイエスキリストの十字架は、イエスキリストが罪を犯して死刑になったのではなく、なんと全人類の罪の身代わりになって、十字架にかかって下さったという。

 千尋は、ポカンとしたような不思議そうな顔で聞いていると、彩奈は答えた。

「だから、人は罪を犯して罪悪感に襲われたときでも、イエスキリストを信じただけで救われるのよ」

 ふーん、そうなのか。信じただけで救われる? 

 ずいぶん、うまい話だな。

 少なくとも、千尋の知っている範囲ではあり得ない話である。

「あのう、お布施とか、集会に参加しなきゃいけないとか、そういったことはないのですか?」

 彩奈は答えた。

「いや、教会ではお布施というよりは、献金はあるけどね。

 でもそれは、会費とかじゃなくて、感謝献金なのよね」

 千尋は、安心したような顔をした。

「それじゃあ、金取り主義ではないわけですね。安心しました。

 安心したついでに、失礼を承知でいいますが、クラブ経営って難しいんじゃないですか? 今まで勤務なさったことがありますか?」

 彩奈は答えた。

「クラブじゃないけれど、若い頃、ラウンジでバイトしたことはあるわ。

 あっ、クラブとスナックの中間みたいなものよ。

 半年間だけだったけどね」

 そんな風で、クラブ経営が務まるのだろうか。

「生意気いうようですがね、怒らないで下さいね。

 作詞家、直木賞作家の山口洋子氏は、なんと十九歳で銀座のクラブママになったんですがね、大変な才女というより、十万人に一人の女傑ですよ。

 学生時代はいつも副級長、家庭の事情で京都の高校は一年で中退することになったが、水商売をさせれば小さなボロスナックからあっという間に、銀座の一流の店に仕立て上げ、作詞をさせればレコード大賞、小説を書かせれば直木賞というすごい才能の持ち主ですよ。

 でもそんな人でも、最後は三千万の借金を抱えて閉店、まあ、水商売の顛末とはこういうものだと、苦笑いしてらしたけどね」

 彩奈ママは感心したように聞いていた。

「千尋ちゃんって物知りね。もっと聞かせてよ」

「こんなことを言うと、お気に触るかもしれないが、たいていのママさんは、結婚詐欺にひっかかったり、自殺するケースが多いみたいですね。

 水商売の女性を狙う専門の結婚詐欺師も存在し、なんと山口洋子でも、ひっかかりかかったことがあるそうですよ」

 彩奈ママは目を丸くして、聞いていた。ということは、そういった知識に乏しい証拠である。

 千尋は話を続けた。

「水商売、特にクラブというのは大金がからむから、憎悪に発展するケースが多いわ。だって、椅子に座るだけで、チャージ料十万円以上だものね。

 私は昔、山口洋子氏の本「夜の底に生きる」(山口洋子 著)を読んだの。

 なかには、中年男性の客のなんと息子といい仲になったキャストが亡くなってしまったの。そうしたら、中年男性の客は涙ひとつ見せず、山口洋子ママに

『躾の悪いホステスをよく雇っていたね』と冷たいため息をついたというわ。

 これが、あれほど可愛がっていたホステスに対する、最後の言葉だろうか。

 いくら銀座の夜の蝶とはいえ、あぜんとしたと書いてあったわ」

 彩奈ママが口を開いた。

「男性って、プライドが高いからその分、独占欲も強くジェラシーも強いわ。

 自分が大金をかけて可愛がっていたホステスが、ことのあろうに自分の息子といい仲になったなんて、自分の知り合いといい仲になっただけでも、ジェラシー感じるというのに、よりによって身内だなんて、とんでもないトラブルメーカーよ」

 私は少し反論した。

「まあ、キャストというのは、時間給のように固定給がないから、とれるところから金をとるようになるというのは、ムリない話かもしれないけどね。

 夜の蝶の羽根は、いつ間違った方向に行き、もぎとられるかもしれない。

 しかし大金をかけた相手に、裏切られるとは男性のプライドが許さないわね。

 また、こんなことも書いてあったわ」

 彩奈ママは、身を乗り出して言った。

「千尋ちゃんの、色と欲がからむ銀座劇場第二弾の始まりー。

 幕が開きましたよ」

 千尋はすっかり得意になって、山口洋子の受け売り話を始めた。

「ある東北出身のお嬢さん高校出身のクラブのママが挨拶にやってきたの。

『赤坂でクラブを経営していた知的な女性が、銀座は一年生ですがよろしくお願いしますと頭を下げて、挨拶にやってきたの』

 それから二年半がたった頃、撲殺され東京湾に投げ込まれたの。

 なんでも頭をボーリングのピンで何度も殴られた末、東京湾に投げ込まれるというひどい殺され方だったというわ。

 もちろん、犯人は男性だったけどね」

 彩奈ママは、真っ青になって息を飲みながら言った。

「原因はやはり金銭関係かな。自分にやさしくしてくれる女性が、実は金目当てで騙されていたことに気づいたという、いつもながらのパターンなのかな?」

 千尋には返事が見当たらない。

「その界隈の事情は、本には記されていないので、私にはわかりかねますがね」

と答える以外には、なかった。


 彩奈ママは、ひと息ついて言った。

「どうやら私、考えが甘かったみたいね。

 体験のない私がクラブのママなんか、勤まるはずないものね」

 千尋は、思わず昔見たDVDのあらすじを語った。

「私がDVDで鑑賞した、クラブ経営失敗男の悲劇的ストーリーを披露します。

 ある借金を抱え、妻にも逃げられた三十歳のスナック経営の男性がいました。

 競合店が増え、経営が苦しくなってきたとき、なんとクラブ経営の話をもちかけた一見金持ち風の客がいました。

 そのクラブというのは、ラブホテル街の近くにあり、同伴出勤制度はないが、8万円でアフターOKでアフター後は自由恋愛という設定のロシアンクラブでした。

 以前の経営者が五年間で辞めたので、その跡継ぎという形でオーナーになってくれないかという、なんだかうさん臭い話でした。

 自由恋愛というのは、いわゆる売春ということも意味しますねと最初は躊躇していました。

 しかし、最低月百万円儲かるという言葉を信じ、元スナック経営男性は、契約書にサインし、五百万円の契約金を払い、オーナーになることを決意しました。

 

 それから二週間後、その元スナック経営、現ロシアンクラブ経営の男性は、警察に売春防止法違反、入国管理法違反で逮捕されました。

 元の経営者は一切逮捕されなかったのに、自分はたった二週間しかロシアンクラブを経営していただけなのに、なぜ逮捕に至ることになってしまったのか?

 警察曰く、個人の売春なら当人が逮捕されるだけだが、管理売春の場合、一番罪が重いのはそれを指示していた経営者であり、あなたは経営者だから、店のロシア女性キャストに売春を強要し、その上前をはねていたに違いないという内容でした。

 また、その男性はロシア人キャストの住むアパートの管理者であり、パスポートも預かっていたので、言い逃れはできませんでした。

 まさか、売春強要の元締めだなんて、そんな悪どいことをした覚えはないと、その男性は、言い訳をしましたが、通用しませんでした。


 その男性は、契約金を返却してくれと迫ったが、返事はNOでした。

 なぜなら、契約書の端の部分にルーペで見るのがやっとというほどの小さな字で

一、管理売春など法に触れることをした場合は、経営をやめてもらう。

一、警察沙汰になった場合は、損害賠償、慰謝料として、支払った契約金は相殺するといった形になり、一切返却しない

という内容が明示され、サインまでしていたので、契約金五百万円は、一円たりとも返却されませんでした。

 要するに、その男性はうまく利用され、抜け駆けできないところまではめられてしまったんですね」


 彩奈ママは、息をのみながら興味津々で聞き入っていた。

「でも、DVDの中でのフィクションとはいえ、その男性も月百万円儲かるという一見儲け話に飛びついたのが、運の尽きだったのね」

 千尋は話を続けた。

「そういえば聖書の御言葉にも

「人は神と富とに兼ね仕えることができないと書いてありますね。

「だれも、二人の主人に仕えることはできない。 一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。 あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」(マタイ6:24)。

 私の父は若い頃、いわゆるクラブ通いをした過去もありましたが、水商売ほど難しいものはないと言ってました。

 一見誰でもできるように見えるけど、内情は借金だらけで自殺している経営者が多いって。

 あるクラブ経営者は、ミンクのコートにダイヤの指輪、素敵だなと見ていると、二週間後、自殺したなんてざらだって。

 まさに自殺するクラブ経営者は、枚挙にいとまがないが、銀座にビルを建てたなんて話は聞いたことがないって言ってました。

 あっ、これは父の受け売りですがね」

 彩奈ママは、ため息をつきながら言った。

「そういえば、聖書に

「狭き門から入れ。滅びに至る門は、広く大きいであろう」(マタイ7:13)

という御言葉があったわね」

 人って、誰でも富や名誉、権力を求めるが、その象徴がクラブのつけやギャンブルかもしれないわね。

 世の中にこの二つがある限り、闇金はなくならないとも言うわ」

 千尋は思わず

「闇金はサラ金と違って、利子が三日に一割といいますね。

 健康保険証を取り上げ、いろんな闇金から借金させるといいますね。

 それでも昔は、ソフト闇金とかレディースローンとかと名打っていましたが、この頃はなんと、パチンコ屋や競馬場で知り合った話の合う友人の話に乗り、気軽にサインをすると、なんとそれが闇金だったなんてこともあるそうですよ」

 彩奈は、顔を青くして

「ええっ、人は誰でも話し相手を求めるというわ。

 ただ、男性の場合は女性みたいにおしゃべりじゃないから、五十歳過ぎた時点から友達ができにくいというわね。その心理をうまく利用して、近づいてくるのね」

 千尋は思わず

「そういえば、女性は傷ついた事実を隠し通すのは苦手だというわ。

 いじめ、虐待でも被害を訴えるのは女性だし、自分の名誉にとって決してプラスにはならない、妊娠中絶やレイプやセクハラで傷ついても、女性はすぐ誰かに言ってしまう、なかには公の場で、マイクでご披露する人もいるくらいですね」

 

 

 

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