14 またどこかで会えるかもしれませんね
ミコトは犯人との電話を終えてから、ずっと菱原さんに聞きたいことがあった。それは――。
「どうしたら、菱原さんみたいに英語を話せるようになりますか」
ミコトは自分の無力さを悔やんでいた。伝えたいことを彼に伝えられなかったその無力さを。
ミコトは最後に彼に伝えたかった。
「生きていればきっと良いことがある。だから諦めないで」と。
伝えていたらどうなっていたかなんて分からない。彼は「綺麗ごとだ」、「何の解決にもなっていない」と、ミコトの言葉を跳ねのけたかもしれない。でも、もしかしたら、彼がミコトの言ったことに耳を傾けてくれて、生きる希望を見つけたかもしれない。伝えることで、何かが変わったかもしれない。
しかし、ミコトは伝えられなかった。それが悔しくてたまらなかった。
わたしがもっと英語を話せたら、彼ともっと、話ができたのに。
菱原さんは少し間を開けて、話し出した。
「私が言語の習得をする上で、これだけは忘れないようにしようと決めたことがあります。それは、普段から、自分の気持ちを相手に伝えようと努力する、ということです。これは外国の人に限らず、母国語で話す相手も同じです。むしろ、母国語でも自分の気持ちを伝えられない人が、どうして外国語で自分の気持ちを伝えられるでしょうか。ミコトさん、自分の心の中に閉じ込めて、相手に伝えられていないことは無いですか? 普段から、自分の思ったこと、嫌なこと、嬉しいことを相手に伝えてあげてください。ミコトさんならきっと良い話者になれますよ。応援してます」
普段から自分の気持ちを相手に伝えようと努力する。その言葉を、ミコトは頭の中で繰り返した。
「ありがとうございます、菱原さん」
「いえ。ミコトさんとは、またどこかで会えるかもしれませんね」
「今度会えたら、直接話せるのを楽しみにしているよ、ミコト君。おっと、そろそろ電話会談の準備をせねば。ミコト君のおかげで、無事サイモン大統領と電話ができそうだ。ありがとう。では」
「谷本首相、こちらこそ。電話会談頑張ってください。さようなら」
ミコトが谷本首相に別れを告げた後、菱原さんが言った。
「それではミコトさん、私たちは対策本部にて、この騒動の主謀者及び各地でテロを起こそうとしていた組織のメンバーらの逮捕に向けて動き出します。この度は本当にありがとうございました。さようなら。またどこかで」
「さようならっ……!」
ミコトがそう言った直後、テロン、と短い音がスマホから鳴って、電話が切れた。その音は固定電話のそれよりも淡白で、余韻を残さず、今まであったことが全て夢だったとでも言うかのようだった。しかし、ミコトの鼓膜は電話口の向こうで起きた全てを確かに受け取って、彼らの声を脳裏に刻んでいた。
ミコトはスマホを置き、長い息を吐いた。
ふと視線を感じたので、横を向くと、顔いっぱいに驚きの表情をつくったお父さんが突っ立っていた。
「そんなことが起こっていたのか……⁉」
ミコトが、仲良し五人組のグループラインに『入れ替わり騒動は解決したみたいで、そろそろLINEも元に戻るそうです! 短い間でしたが皆さんと話せて楽しかったです!』というメッセージを送ると、皆から惜別のメッセージが送られてきた。
『Jaga diri Anda semua! (皆さんお元気で!)』とエレナさん。
『騒動が収まってよかったです。今から家族でかき氷を食べてきます。皆さん良い休日を!』と田中さん。かき氷、いいなあ。
『Saya akan senang bertemu dengan Anda lagi di suatu tempat. Ngomong-ngomong, aku akan bermain dengan Elena besok! (また皆さんとどこかで会えたら嬉しいです。ちなみに明日エレナちゃんと遊びに行きます!)』とチカさん。仲良くなるのが早い、羨ましい。
別れの挨拶を済ませ、ミコトは大きく伸びをした。
ずっと家にいただけだが、すごく疲れた。まるで世界中を旅した気分だ。
ふらふらと歩いてリビングのソファにたどり着き、深く腰掛けた。ミコトがそのままぐったりしていると、お父さんがやってきた。
「ミコト、おつかれ。さっき、ミコトに今から帰るって電話を入れようとしたんだ。だけど、何度掛けてもオーストラリアのバンジージャンプ施設の予約窓口に繋がるから、不思議に思ってた。まさか世界で電話番号が入れ替わってるとはな。そして、ミコトがそれを解決したなんてビックリだ。ミコトがいなかったら、お父さん今頃ノリでバンジー予約しちゃってたかも」
そうなのか。それは危ない所だった。
「ていうか、この際言わせてもらうけどお父さんのただいまの声大きすぎるよ。普段からもうちょっと抑えてね!」
「ご、ごめん。今回はシュガードーナツ買ってきてたからミコトも喜んでくれるだろうと思って、つい声が大きく……。あ、時間もちょうどいいし出そうか」
時計を見ると三時を過ぎていた。思えばお腹も少し減っている。ミコトはお父さんからドーナツを受け取り、それをまじまじと見つめ、そしてかぶりついた。
うん、おいしい。モチモチの生地にふんだんにまぶしてある砂糖の一粒一粒が口の中に幸福をもたらし、ミコトは思わず笑みをこぼした。そうそう、これこれ。
ミコトはこのシュガードーナツが大好きだ。これを食べていると、先ほどまでの疲れがみるみるうちに取れていった。お父さんのせいで犯人にバレたものの、こんなにおいしいものを買ってきてくれたのは素晴らしい功績だ。
ミコトはお父さんの方を振り返り、満面の笑みで言った。
「ありがとう、お父さん」
お父さんは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにミコトと同じくらいの笑顔を見せて言った。
「おう、いいってことよ」
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