13 狂騒基地局


 ミコトは電話を切り、受話器を元の位置に戻した。そして、今度はスマホのスピーカーをオンにした。


「菱原さん、一体何が起こったんですか? わたしはてっきり、菱原さんは現地の警察に連絡する手段を聞き出そうとしているのかと思ってたんですけど……。どうして警察はあそこに来ることができたんですか?」


「実は犯人から住所を聞き出した直後に、現地の警察に連絡が取れました。というのも、犯人が電話番号を入れ替えた手段を利用したんです。


 それは、基地局の位置情報の操作。


 先ほどミコトさんのおかげで、クラスメイトの入れ替わり先の地域が三つに分かれていることが分かりましたよね。そのことから、この入れ替わりは、個人単位でなく地域単位で起こっているのではないかと推測しました。例えば、大野さんの住む南小地域が、今私がいる東京都千代田区の永田町と入れ替わっているのではないか。そして、北小地域は、インドネシアのモロタイ島と入れ替わっている。という感じで考えたら辻褄が合うだろう、と思ったんです」


 そういうことだったのか。ミコトは深く納得した。そう言えば、電話を掛けてきた彼は、始めの方に「ブラジル」と言っていた。私と入れ替わっていたシンディさんは、きっとブラジルにいたのだ。つまり、ブラジルのどこかの地域が、わたしの住む西小の地域と入れ替わっていた。


 菱原さんが続ける。


「この推測が合っていると仮定すると、電話番号の入れ替わりの原理が見えてきました。それが先ほど言った、基地局の位置情報の操作です。電話を繋ぐためには、各地にある基地局を経由する必要があります。電話を掛けると、近くの基地局を経由して、相手の電話の近辺の基地局まで電波が送られ、最後にそこから相手の携帯に電波が送られて電話が繋がります。基地局の位置情報を違う場所のものとすり替えてしまえば、全く別の場所に電波が送られます」


「なるほど……?」


 ミコトはよく分かっていないものの、相槌を打ってみた。


「ミコトさんが大野さんに電話を掛けたケースで説明してみます。西小の地域の基地局の位置情報が、永田町のものにすり替えられていて、大野さんの番号に掛けたら、普段は西小の地域の基地局に電波が送られるはずが、永田町の基地局に送られてしまい、そこからランダムに選び出された代替の番号、今回は首相官邸の番号に繋がった、というわけです」


「なるほど……!」


 今度はしっかりと理解した上で相槌を打った。


「入れ替わりのトリックが分かっても、基地局の位置情報を一つずつ元に戻すには途方もない時間がかかります。一番合理的なのは、犯人のコンピュータを使って、すべての基地局の位置情報を一斉に戻すこと。その解決策が出た直後に、ミコトさん電話をもらい、事態を知りました。ちょうど、本部にホワイトハッカーの方がいらっしゃったので、まず犯人の現在地を聞き出し、そこに一番近い警察署を調べ、そのエリアの基地局をハッキングして位置情報を永田町のものにすり替えてもらいました。


 あとは、人海戦術です。本部のメンバーを動員し、永田町中の人々に電話番号を聞いて回り、聞いた番号に片っ端から電話を掛けました。現地の警察に繋がるまで。繋がったら、事情を説明して、指定した住所に向かってもらいました」


 ミコトは、自分では思いつきもしないような解決方法を聞いて、畏敬の念を抱いた。

「凄い……! 菱原さん、天才です」


「いえいえ、ミコトさんの協力あってこそです。警察が到着するまでは、時間稼ぎをする必要がありました。勘づかれて逃げられてしまった場合の保険で、犯人たちが行った電話番号が入れ替わらない細工の方法を聞き出しておきたかったので、ミコトさんに時間稼ぎも兼ねて質問してもらっていました。説明もせずに色々やらせてしまい、すみませんでした」


「大丈夫です! 時間もなかったですし。こちらこそ、下手な英語でごめんなさい」


「ミコトさんの英語は、聞き取りやすくてとても良い英語でしたよ。ミコトさんなしではこの騒動は解決できませんでした。首相官邸を代表してお礼を言います。ありがとうございました」


 ミコトがスマホを手に微笑んでいると、電話の向こうからもう一人の声が聞こえてきた。久々に聞く騒がしい声である。


「菱原くん、私が隣にいるというのに首相官邸を代表するなんて良い度胸じゃないか。君がそう来るなら、私は日本を代表してミコト君にお礼を言おう。もしもし、ミコト君。君と犯人の通話を菱原君の隣で聞かせてもらっていた。君のおかげで、この騒動の実行犯を逮捕することができた。本当にありがとう」


「谷本首相! ずっと聞いていたんですね。いえ、わたしのおかげだなんて、おおげさです。……わたしは自分で何もできなかった。ただ菱原さんの指示に従っていただけです。谷本首相、ぜひ菱原さんのお給料を上げてください」


「はは、そうだな。菱原君は本当に優秀だよ。是非とも昇給を検討しよう」


 首相との会話の後に、菱原さんがミコトに向かって言った。


「ミコトさん。直に基地局の位置情報が元に戻され、電話番号の入れ替わりは無くなるでしょう。大野さんの電話番号に掛けても、もう私たちに繋がることはないはずです」


「じゃあ、これがお二人との最後の電話なんですね。……菱原さん、谷本首相、何度も電話を掛けて、ご迷惑をおかけしました。お二人と話せて楽しかったです」


 受話器の向こう側から声が聞こえる。


「君からもらった激励は忘れない。どうもありがとう」

「私もミコトさんと話せて楽しかったです。そして、この騒動の解決への多大なるご協力、感謝いたします。それでは、切ります――」


「ちょっと待ってください! 菱原さん、最後に一つ聞かせてください」


ミコトはそう呼び止めた。

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