12 It’s revenge


 まずい。わたしがシンディさんでないとバレただろうか。ミコトは誤魔化すために何かを喋ろうとした。しかし、言葉が出てこない。


 彼はゆっくりと話し始めた。


「……今聞こえてきたのは日本語か? 細工の手順を聞いてきた時から怪しいと思っていたが、お前シンディじゃないな? チッ、あいつ、俺らに細工を指示しておいて自分がその細工を忘れやがったのか。詰めの甘いやつめ」


 今までとは違った、針を刺すような冷たい話し方だった。ミコトは嘘がバレたことを理解した。彼は話し続ける。


「大方俺らの細工を利用して、こっちの警察に連絡して俺の住所に向かわせようという魂胆だろう。途中までは上手くいったが、残念だったな。よし、家を出るとするか。独断で他のメンバーにもテロ実行の指示を出す。お前はその場で自分の失敗を悔いているんだな。じゃあ切るぞ、達者でな」


 待って、切らないで。


 スマホのLINEには菱原さんからのメッセージが何件も届いていたが、ミコトは気が動転していてそれに気づかなかった。

 ゆえに、ミコトが発した言葉は、ミコト自身から放たれた言葉だった。

 ミコトはずっとそのことを彼に聞きたかった。


「ワイドーユードゥーザット?(あなたはなんでそんなことをするの?)」


 少しの沈黙の後に、彼は言った。


「For you who are not good at English, I will tell you so that you can understand it. It’s revenge. (英語の下手なお前でもわかるように言ってやろう。復讐だよ)」


 リベンジ。確かにそう聞こえた。復讐。


「The person I love is no longer in this world. So I don’t wont to live any longer. I will take her revenge on the world at the end. (愛する人はもうこの世にいない。だから生きる意味がない。最後にこのくそったれな世界に復讐して終わるんだ)」


 ミコトは聞いた言葉を一つずつ丁寧に翻訳していった。その間、電話の向こう側ではゴソゴソと物音がしていた。きっと出発の準備をしているのだろう。

 少し時間がかかったが、ミコトは彼が言ったことを理解した。

 愛する人を失ったから、彼は復讐をする。

 ミコトは、震える声で呼びかけた。


「ドント、ドゥー、ザット。ユー、ドントビー、ハッピー(復讐なんてやめて。そんなことをしてもあなたは幸せにならない)」


 しかし、その呼びかけは彼の心には届いていないようだった。


「You can’t understand my sadness when I lost her. She meant the world to me. (お前に分かるはずがない。彼女を失った俺の悲しみが。彼女は本当に大切な人だったんだ)」


 彼の冷たい声で発された言葉を、ミコトはまたゆっくりと訳していく。ふと脳裏に浮かぶ、大切な人たち。お父さんやお母さん。何人もの友達。そして、大野くん。皆、ミコトの周りに居続けてくれている。確かに、大切な人を失う悲しみは、ミコトには分からない。


「イェス、アイドンノウ。……ワット、イズ、シーライク? (うん、分からない。……彼女はどんな人だったの?)」


 ミコトがそう言うと、電話の向こうのガサゴソという音が鳴り止んだ。少しの沈黙の後、彼は言った。


「She was so bright that she always cheered me up. Just looking at her smile made me happy. (彼女はとても明るくて、いつも俺を元気づけてくれた。彼女の笑顔を見ているだけで、幸せだった)」


 そう話す声はどこか嬉しそうだった。分からない単語もあり、ミコトは全ての言葉の意味が分からなかったが、それでも彼がその人のことを愛しているのがひしひしと伝わった。

 しかし、次の彼の言葉は、悲しみと怒りに満ちていた。


「This world took away that smile. Yes, I have to get revenge quickly. (その笑顔を、この世界は奪った。そうだ、俺は早く復讐をしないと)」

 

 またガサゴソという音が鳴り、そして少しして、その音は止んだ。準備が整ったのだろう。彼は言った。


「I’m hanging up. We’ll never see each other again. (じゃあな。もう二度と会うことはないだろう)」


 ミコトは呼び止めようと、口を開いた。しかし、言葉が出てこない。彼に伝えたいことがあるのに、それに対応する英語は見当たらない。


「ユー、……ウィル……ドント、……!」


 ミコトの叫びは自分の脳内で反響するばかりで、誰にも伝わらない。


 彼を止められない。ここまでか。

 そう思った瞬間だった。


 ガシャーン!


 ミコトにもはっきりと聞こえるほどの破壊音が、電話の向こうで轟いた。

 次に、ドカ、ドゴッ、と何かがぶつかる音。


 何が起こったか分からずにミコトが呆然としたのも束の間、叫び声が聞こえた。


「電話番号入れ替えの実行犯だな! 下手な真似をするな」


「なんで警察が……!」

 彼がうめき声を上げた。


「二十三時十五分、確保だ。おい、こいつの荷物を探れ! 爆発物が見つかるはずだ。それとコンピュータだ。電話番号を戻させる」


「おい、なんだよ。俺は何もしていない! なにか証拠があるのか!」


「お前が電話番号を入れ替え、テロを起こそうとしていることを裏付ける音声記録がある」


「…………くそっ、どうして!」


 ミコトが呆気にとられていると、スマホの方から菱原さんの声が聞こえた。


「ミコトさん、もう大丈夫です。ご協力ありがとうございました。もう、犯人との電話を切って良いです」

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