9 グッジョブ!
思いがけない事態に、ミコトの心臓はどくどくと脈打った。ミコトは電話が苦手だ。できれば取りたくない。
しかし、この電話を取らないわけにはいかない。この電話を取れば、先ほどの図で言えば③の人物が分かるのだ。自分からは掛けられないので、これは千載一遇のチャンスだ。
ミコトは先ほどからけたたましく鳴り続けている着信音の出どころを見つめ、覚悟を決めて、汗ばむ手で受話器を取った。
「もしもし」
ミコトがそう言ったすぐ後に、受話器の向こうから声が聞こえた。
「Hey, is it Cindy? This is John. Well, it worked out well. They are all making a fuss」
ミコトはその英語が流暢だったためにほとんどの部分を聞き取れず、何と返したら良いのかわからずに立ち尽くした。
少しの沈黙が続いた。何かを言わなければ切られてしまうと思い、ミコトは慌てて挨拶をしようとした。
「ハロー。ディスイズ……」
「Oh, I see! You live in Brazil, don’t you? You weren’t good at English. I’ll speak more slowly」
電話の向こうの相手が何かを話し、ミコトの挨拶は遮られてしまった。これが間違い電話であると伝え、自分が誰と入れ替わっているのか確かめたいが、何と言えばいいのだろう。
ミコトが焦っていると、また相手が話しかけてきた。しかし、その英語は前と比べてゆっくりで、ミコトにも聞き取れるほどだった。
「I did as you said. The result was a great success. In other words, Telephone numbers are changing around the world.」
ミコトは、聞き取った英文を順番に訳そうとした。ミコトは特段リスニングが得意というわけではないが、単語を聞き取る能力と記憶力はあったため、時間さえかければ内容を理解することができた。
まず、「I did」と言っていたので、何かをしたのだろう。そして「as」と言っていたけど、確か「~のように」という意味だったような。「as you said」だから、「あなたが言ったように」。この人は、わたしの入れ替わり先の人――恐らくシンディという名前の人――に言われた通りに、何かをやったということだ。
「Hey, Cindy?」
電話の相手から呼びかけられて、ミコトはハッとした。訳すことに夢中で返事をすることを忘れていた。とりあえず、この人は何かをやってのけたのだから、それを褒めるのが筋だろうか。
「イ、イェーイ! グッジョブ!」
ミコトはできる限り高いテンション相手の功績を称えた。
「Oh, thank you! I’m glad you like it!」
どうやら喜んでくれているようだ。ミコトはスピーキングが苦手で、しかも外国の人と話すのは初めてだったので、自分の言葉が伝わっているのが分かり嬉しくなった。
「Oh, my god! I forgot to put the pot on the fire. Wait a minute.」
受話器の向こうでまた彼が何かを喋ったが、ネイティブの速度に戻っていて聞き取れなかった。ただ、「wait」という単語は聞き取れたので、ミコトは待機することにした。その間、先ほどの翻訳の続きを考えていた。
「わたしはあなたが言ったようにやった」の続きは何だっただろう。確か、「result」と「success」と言っていたような気がする。「result is success」。つまり、結果は成功ということだ。
その後は、「in other words」から始まっていたと思う。これは英語塾で復習したばかりの慣用句で、意味は「要するに」。「結果は成功だった。要するに……」。次に何と言っていたか思い出せない。
ふとミコトが前を見ると、固定電話のスタンドが視界に入った。そこで、ミコトは彼が言っていたことの続きを思い出した。
彼は「Telephone numbers are changing around the world」、つまり「世界中で電話番号が入れ替わっている」と言ったのだ。なんだ、彼もこの騒動に気づいていたのか。それだったら、わたしがシンディさんではないということも楽に説明できそうだ。
ミコトは今まで訳した文を繋げて一つにしてみた。
わたしはあなたが言ったようにやった。結果は成功だ。要するに、世界中で電話番号が入れ替わっている……え?
ミコトはその場から動けなくなった。
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