5 伝える予定は無いです


 しかし、そこには見慣れたドーナツのアイコンが表示されていた。ミコトの普段のアイコンだ。なぜ入れ替わっていないのだろうか。ミコトは不思議に思った。


 改めて菱原さんの言っていたことを思い出す。菱原さんは、確か「電話番号に紐づいているSNSアカウントも入れ替わっている」と言っていた。つまり、電話番号を基に作られたアカウントも同様に入れ替わっている、ということだろう。ここで、ミコトはあることを思い出して納得した。


 ミコトが使っているスマートフォンはお母さんのお下がりで、現在は携帯会社と契約をしていない。つまりミコトは自分の電話番号を持っていない。ということは、ラインのアカウントは電話番号に紐づいていない。


 入れ替わりの被害を受けていないのは喜ばしいはずだが、なんだかつまらないな、と感じた。そういえば、うちの固定電話は誰の番号になっているのだろう。まだこちらから電話を掛けるだけで、誰からも電話は掛かってきていない。

 

 ピコン、と音が鳴った。

 スマホを見てみると、中学校で仲のいいアヤノ、サヨ、コノミ、ハルカ、そしてミコトの五人で作ったライングループにメッセージが来ていた。送り主は同じクラスのアヤノだ。


 アヤノとはいつも崩れた日本語で他愛ない会話をするのだが、今来たメッセージは最早日本語ではなかった。

 メッセージをコピーして、検索をかけて翻訳してもらう。言語はインドネシア語だった。


『こんにちは。私はインドネシアに住むエレナといいます。どうやら私はアヤノさんという方と入れ替わってしまったみたいです。せっかくなので、この機会でしか話せない方と話してみたいと思いました。どうぞよろしくお願いします』


 ミコトは、なんて素敵な人なんだ、と思った。わたしも大野くんと電話できないのを悲観するばかりでなく、この状況をポジティブに捉えて友達を新しく作ろう。


『こんにちは。わたしは日本に住んでいるミコトといいます。わたしもあなたと話したいです。よければ友達になりましょう。よろしく!』

 とグループラインに送った。


 少ししてから、またピコン、ピコンと通知が鳴った。


『こんにちは。僕も皆さんと話したいです。僕は東京で会社員をしている田中という者です。このアカウントの主であるサヨさんと入れ替わっているみたいです。今日は休日で家族と出かけているのですが、この騒動のために周りがパニック状態で、ゆっくりできません。せっかくの休日なのに……』


『Halo. Nama saya Chica dan saya tinggal di Indonesia. Itu telah digantikan oleh seseorang bernama Konomi. Sekarang sekitar jam 9 pagi. Ketika saya bangun, saya terkejut melihat keributan ini terjadi』


 前者はサヨと、後者はコノミと入れ替わっている人からのメッセージだ。サヨの方は日本人だ。世界中で入れ替わりが起きている中で、同じ日本人と入れ替わるなんて中々無さそうなのに、大野くんといい、結構な割合で起こっている。日本人は意外とたくさんいるのかもしれない。


 コノミと入れ替わっている人はどこの国の人だろうか。メッセージを翻訳してみる。


『こんにちは。私はインドネシアに住んでいるチカといいます。コノミさんという方と入れ替わっています。こちらは今、午前9時頃です。起きたらこの騒動が起きていて驚きました』


 ミコトは驚いた。四人の友達のうち、二人もインドネシアの人と入れ替わっているのか。凄い偶然だ。


 そこからしばらくミコト、エレナさん、田中さん、チカさんでトークをした。

 なぜか恋バナの話題になり、ミコトは大野くんという子のことが好きだと打ち明けた。

 それに対して、田中さんは『ヒュ~‼ 若いね~‼』と冷やかしのメッセージを送ってきて、エレナさんからは『Mengapa kamu tidak memberi tahu Ohno-kun bagaimana perasaanmu? (大野くんに気持ちは伝えないの?)』と送られてきた。


 『伝える予定は無いです』と返信したものの、ミコトはずっと、いつかは大野くんに気持ちを伝えたいと思っていた。だが、拒絶されるのが怖くて、そのことから逃げ続けているのが現状だった。


 その後も雑談を続けたが、その間ハルカと入れ替わっている人からのメッセージが来ることはなく、既読の印が付くこともなかった。

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