4 状況説明ありがとう


 首相は電話越しでも伝わるほどの慌てようだった。すぐにヒシハラさんの声が聞こえた。


「首相、落ち着いてください。こんにちは、ミコトさん。私は通訳担当官の菱原と申します。今、首相官邸の執務室の電話から話しています。今部下に状況を確認してもらいました。端的に言うと、何らかの理由で、現在世界中の電話番号が入れ替わっています。厄介なことに、単に二つの電話番号が入れ替わっているわけではないんです。大野さんの電話番号が首相官邸の電話番号に、更に首相官邸の電話番号が他の誰かの番号に……、と一方向に入れ替わっているんです。これだと誰が誰の番号になっているかの特定は難しい。ついでに電話番号に紐づいているSNSアカウントも入れ替わっています。他の人と連絡を取り合うのが難しい状況です。無論、全く知らない人となら連絡を取ることができるのですが」


 世界中で電話番号が入れ替わっているなんて、まさかそんな大事になっていたとは。そう考えると、日本人と入れ替わっただけでも運が良いのかも。しかも、よりにもよって総理大臣と入れ替わるなんて、大野くんはどんな星の下に生まれてきたのだろう、とミコトは思った。


「菱原君、状況説明ありがとう。私も今の説明で何が起きているか理解した。しかし、復旧にはまだ時間がかかるのだろう。それを待っている余裕は無い。どうにかして大統領に連絡を取るんだ。何かいい策はないか……。電話は使えないとして、他の手段で……。はっ、そうだ、メールがあるじゃないか! よし、大統領にメールを送ろう」


 谷本首相がそう言うのを聞き、ミコトも名案だと思ったが、

「ダメです、首相。試しに部下にメールを送ったら、返信がすぐに来たんですが、その内容が、怪しい日本語と共に怪しいリンクが送付されたものでした。恐らく迷惑メール業者のアドレスと入れ替わっています。メールを送っても無駄です。電話番号と同様に入れ替わっています」

 と、菱原さんが言った。


「なんだと……。ではどうしようもないじゃないか。ああもう終わりだ終わり! 皆今日は上がっていいよ! そうだ、これから私の奢りで飲みに行こう。飲まないとやってられないからな、ハハ」


 ヤケになっている。こちらも大野くんと電話できなくてヤケになりたいのを我慢しているのに、と思ってミコトは首相に向かって言った。


「谷本首相、すぐに諦めないでください。わたしも大野くんと電話できなくて泣きたいけど、どうにか解決できないか考えますから。日本を背負ってるんでしょ。あなたがしっかりしなくてどうするんですか」


「…………むむ、そうだな。ミコト君も辛いはずなのに、私といえば自分のことばかり考えていた。これでは首相失格だな。よし、今すぐ対策本部を設置しよう。菱原君、今近くにいて連携を取れる人物を集めてくれ。ミコト君、ありがとう。ミコト君は大野君、私はサイモン大統領と電話ができるようにこの通信障害を迅速に解決しようではないか。では、また会ったらよろしく頼む、ミコト君」


 ガチャ、と電話が切れた。

 ミコトは、首相ともあろう相手にあんなに強気でものを言った自分を思い返し、驚いていた。ほぼ初対面、というか対面もしていない相手に失礼なことをしてしまった、と悔いたが、首相に感謝されたことは誇らしかった。普段はっきり意見を言うことは無いが、何が何でも大野くんと電話したいという意志がそうさせたのだろうか。


 テレビを見やると、この騒動がニュースで取り上げられている。緊急速報と銘打たれ、今何が起こっているかをアナウンサーが説明している。当人たちも、外部と連絡が取れないため、近くに居合わせた者同士で状況を確認して、この騒動を報道しているのだろう。


 そういえば自分は誰と入れ替わっているのだろう、とミコトは気になった。SNSも入れ替わっていると菱原さんは言っていた。LINEのアプリを開いてみる。ミコトはドキドキしながら画面を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る