3 これは日本の危機だ
「なに?
名乗られずともミコトは電話の相手が彼の谷本首相であることは分かっていた。先ほど谷本首相と呼ばれていて、まさかとは思ったが、電話口から聞こえる声は確かにテレビでよく聞く首相の声と同じだった。今自分が首相と電話している状況はにわかに信じ難い。しかし、大野くんに電話を掛けたはずが首相に電話が繋がっている方がより信じ難い。一体何が起こっているのだろうか。じっくり考えたいところだが、まずは自分も電話の相手への非礼を詫びなければいけないと感じた。
「谷本首相、はじめまして。さっき言った通りわたしは花畑ミコトといいます。わたしも大野くんの携帯を奪ったと疑ってごめんなさい。あ、大野くんはわたしの友達です。今日どうしても大野くんに伝えないといけないことがあるんです。でもなぜか大野くんの番号に掛けても首相に繋がるんです。一体どうすれば……」
「すまんがそれは私にも分からん。今部下に事態を調べてもらっているところだ。早く不具合が直って、その大野くんに電話をできるといいな。さて、私はそろそろサイモン大統領と電話会談をしなければならない。この会談は国交を更に親密なものにするために不可欠なものだ。ではミコト君、また会うことがあればよろしく頼む。これで失礼する」
ミコトが彼を呼び止める前に受話器は「ガチャリ」という音を鳴らして電話は切れてしまった。果たして首相は無事サイモン大統領に電話を繋げられるのだろうか。
ミコトは受話器を置いて、テレビを点けた。現在午後一時頃で、どの局でもお昼のニュース番組を放送している。ざっと目を通したが、どの番組もこの通信障害について取り上げていなかった。ミコトは、どうしようかと少し考えてから、少し待った後にまた大野くんの番号に掛けなおそうと決めた。
三十分ほどニュース番組を眺めて過ごした後、大野くんの番号に本日三度目の電話を掛けた。
プルルルル、プルルルル。
呼び出し音を聞きながら、ミコトは、あの谷本首相と電話をするという奇妙な体験をしたことが今更おかしくなってきた。大野くんに電話を掛けたら総理大臣に電話が繋がるなんて、そんなことがあるだろうか。自分の妄想かもしれない。この電話が何の変哲もなく大野くんに繋がったら、この現実かも定かでない変な話を彼に聞かせてやろう、と思った。
しかし、電話が繋がり、最早お馴染みの、大野くんのものではないその声を聞いて、ミコトはこれが現実であることを思い知った。
「もしもし、ミコト君かね? さっきからサイモン大統領に電話を掛けているのに、ずっと無関係の人物に繋がるんだ。菱原君に通訳してもらったところ、彼女はオランダのとあるゴルフ場でキャディをしている女性だそうだ。何度掛けても彼女に繋がるもんだから、『私もゴルフ好きだから、外交でそっち行ったときは時間あればそのゴルフ場行くね!』などと談笑してしまった。そんな悠長なことをしている場合ではないのに。約束した時間はとうに過ぎているのだ。このままでは信頼を失ってしまう。これは日本の危機だ! どうにかして大統領と連絡を取らねば。ああどうしよう」
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