第5話 与えられぬ罰

 迷子捜索の翌朝。

 日課の魔力鍛錬を終えても、魔女の頭の中では、何度も青年の問いがよみがえっていた。

──なぜあなたは、あんなにも寂しそうに魔力を使うのですか?

 その問いかけに驚いたのは、魔力行使に込めていた、彼女の必死な思いを見抜かれたからだけではなかった。自分でも気づいていなかった、心の奥深くに隠されてきたその感情を指摘されたからだった。

 驚きと戸惑い。青年と出会ってからたった数日の間に、大きく揺れ動く自分の内面に、魔女は狼狽を隠せなかった。

 青年の問いかけを思い返すたび、魔女は青年自身のことを考えるようになっていった。

──彼と言葉を交わしたい。

──彼をもっと知りたい。

──私が与えるだけでは物足りない。

 そんな魔女自身の欲求が膨らむばかりで、彼女は自分自身を戒めなければならなかった。

──私は与える側で居続けなければならない。

──私は与えられるべき存在ではない。

 それが、彼女が選んだ生き方であり、自らの意志で貫いてきた贖罪の形であった。

 魔女は、思い出したように、部屋の隅にある引き出しを見つめた。静かな足取りでその前に立ち、少し逡巡した後、ゆっくりとその引き出しを開けた。中から小さな木箱を取り出し、蓋をそっと開けると、そこには木彫りの首飾りが入っていた。

 彼女はそれを目にして、安堵を覚える一方で、同じくらいの後悔もまた覚えた。しまい込んだその日から、一度も開けていなかったその木箱。首飾りは、あの日のまま、変わらずそこにあった。

 魔女の胸には、敬愛と畏怖が入り交じり、手を触れるべきか否か、少しの迷いが頭をよぎる。やがて意を決し、深呼吸をして、慎重に箱から取り出した。

 その首飾りは、木彫りのカップと同じように手作りであったが、角がすり減り、手垢でわずかに黒ずんでいる。

 取り出した木彫りの首飾りをそっと両手に包むと、手のひらによく馴染み、うっすらと温もりが伝わってきた。

 魔女は、静かに目を閉じ、願うように語りかけた。

「ごめんなさい、ずっとしまいっぱなしにしていて」

「ごめんなさい、あなたを助けてあげられなくて」

「ごめんなさい、私、今、許されたいって思い始めている」

「私はどうすればいい?声が聞きたい。魔女じゃない私のそばにはいてくれないの?」

 しかし何の反応もない。

 彼女は力なく肩を落とし、その首飾りを木箱にそっとしまい直した。そして、ゆっくりと引き出しの奥へと戻した。

 彼女は、今朝行った魔力鍛錬で確信していた。彼女の魔力は依然として揺らいでいない。

 感情の揺らぎは、魔力の揺らぎ。それは魔力を持つ者にとっては常識であり、自然の摂理でもあった。

 にもかかわらず、彼女の感情の揺らぎは、魔力に何の影響も与えていなかった。

 私はまだ罰を受けていない──彼女は、そう感じた。

 自らに課した、他人に与え続けるだけの生き方。彼女の感情は、その生き方を否定しようとしているのだ。

 それなのに、そこに罰はない。ただ確固たる魔力が存在する。

 彼女は今一度、そっと目を閉じ、瞑想を試みた。身体の内側で魔力の波動が高まるのを感じる。やはり、魔力に変化はない。

 ──この魔力を誰かに与え続けることだけが、自分を罰する唯一の方法──。

 長く信じてきた彼女の生き方が、今、危機にさらされていた。


 魔女は、居ても立ってもいられず、手がかりを求めて村へ向かった。

 村に近づいたところで魔力を行使し、目指すべき場所を見定めた。彼女は村の近くに着くと、馬をあたりに繋いだ。

 そして遠くの物陰から、あくせくと動き回る青年を、その目でじっと眺めた。

 討伐隊の参加者を募るべく、また家々を訪ねているようだった。その合間にも、仕事があれば手伝い、困っている人がいれば助け、周囲の人たちと楽しそうに打ち解ける青年。

 そんな姿に、魔女はぎゅっと胸を締め付けられた。

 頭の中で彼の声が聞こえ、また問いかける。

 ──なぜあなたは、あんなにも寂しそうに魔力を使うのですか?

 魔女は、その問いには答えず、別の自問を繰り返す。

「私、赦されていいの?赦されたいと思っていいの?」

 その答えもまた出せぬまま、真剣な眼差しで村人を説得する青年の姿を尻目に、彼女は小屋へ戻っていった。


 魔女がひっそりと村を訪ねたその日の夜、青年は、村に根付いた大樹の前に立っていた。村に着いたとき目に入った、あの大きな木である。

 この古い木は、あのとき青年が思った通り、村の誰もが生まれるずっと前からここにあり、長い間村を見守ってきた象徴であった。

 そしてこの村の象徴こそが、魔女が定期的に村を訪れる理由であることを、今の青年は知っていた。

 青年は、目の前にそびえるその木に向かい、魔力を込める魔女を想像した。その姿は美しく、神秘的で、魔女という存在を超えた──一人の人間としての魅力を備えていた。

 青年は思う。彼女が抱えているものは何だろうか。もし、彼女がそれに苦しんでいるのなら、力になってあげたい。

 しかし、その機会は永遠に訪れないかもしれなかった。昨夕の魔女は、驚き戸惑い、返事もせずに帰ってしまった。

 彼自身、この村での滞在中、やれることはやりきったという実感があった。ただ一つ後悔があるとすれば、あの日の不躾な問いかけ、それだけだった。

──なぜ、あんなことを聞いてしまったのだろう。

──彼女は、魔女の加護を与えてくれるだろうか。

 青年は、村の象徴である大木を見つめながら、じっと自らと向き合っていた。彼はしばらくそこで問いを繰り返し、そして、大木を見上げて深呼吸をすると、しっかりとした足取りでその場を去っていった。

 旅立ちが迫る青年は、明日の夜、魔女の小屋を再び訪れることを決めていた。

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