6章ー2

 ――― お主が転生するのはこの地球とは違う世界じゃが、いわゆる全く別の世界ではない。天国や地獄も同じ世界にあるが、気軽に行き来できるわけではないじゃろう? それと同じことじゃ ・・・・・・



              ――― お主がこれから転生するのは「修羅道」。修羅族が住み、悪鬼と戦い続ける世界じゃ ・・・・・・




 ――― 本来の輪廻転生なら一からこの世界に生まれるわけだが、君達は特別に人道の人格を維持したまま転移の形になる ・・・・・・



 3人のうち一人が、落ち着いた様子で解説してくれている。



          ―――― 確かに本来の住人と比べれば人間とカブト虫くらいの力の差があるが、無自覚に何千年も生きるよりも、使命を果たして送還されて新しい人生を送れた方が選択肢が多かろう ・・・・・・



                      ――― それに戦う相手も古来よりの悪鬼などではなく、この世界で垂れ流された負の感情から生まれる物を自分の手で片付けるだけの話だ ・・・・・・




 ――― それに我らも、お主らに今のままの力量で無謀に特攻しろと言っているわけではない。選別としてそれなりの剛力と、思いついた神通力を呉れてやろう ・・・・・・


 今度は別の婆さん、いや女神だ。


 ああ、そうだ。俺はこの時、疲れてやる気が無かったので、随分と投げやりな事を言ったんだった。



           ――― っな!? は、ハハハハハハ・・・貴様正気か? なんと大それた要望を・・・・・・




                     ――― ふむ、どうやら何故我らが驚いたか分かっておらんようだ。 自らの発言の本当の意味を知らんのじゃな ・・・・・・



 あの頃は、昔話などで聞く程度の用語だったから、本当の意味を考えたこともなかったな。



 ――― まあ、仕方あるまい。お主らにとっては馴染みのない専門用語のようなものであろうが、ちと解説して進ぜよう ・・・・・・



 これは3人のリーダーっぽい婆・・・いや女神な、女神。



              ―――残念ながら本来の意味を知らぬ発言であったが、自分の言葉で確たる発言をした以上、その要望は嫌でもかなえられてしまう ・・・・・・



 ああ、そうだ。そんなことを言われたんだった。それで色々正しい説明を受けて・・・そうだ、その知識を悪用できないように、俺は記憶を ・・・・・・



「「「 よく頑張ったな。難波英人君 」」」


 威厳はあるが暖かな声が、明るく走馬灯をキャンセルする。まるでエコーがかかったような声だ。もう耳まで聞こえづらくなってきたのかな。


「「「 残念ながら、君の魂はもう身体から抜け出している。 私は君の魂を迎えに来たのだ 」」」


 もう生きていないという事実に多少がっかりしたが、迎えに来たという人物の声がまだエコーが掛かっているなと不思議に思って声の方をよく見ると、何時の間にかすぐ横に半裸の男が立っていた。やけに頭が大きいな・・・よく見るとただ頭が大きいんじゃない、顔がいくつもあって同時に喋ってるんだ。そりゃエコーがかかったように聞こえるはずだ。



「「「 私は通称十一面観音。あまり詳しくなくとも、私の名前くらいはどこかで聞いたことがあるのではないかな? 」」」


 いきなり顔が十一個もついた人間の姿を見て驚く俺を怖がらせないためか、優しく話しかけてくる観音様。そりゃいくら魂とはいえ目の前に仏様が出てきてフレンドリーに話されたら誰だっけ緊張しておかしくなるってもんだ。



「「「 こらこら、前回解説を受けただろう。我々菩薩はまだ仏ではない。最も深い悟りの境地までは至っておらんのだ 」」」


 あ、そうでした。恥ずかしい。



「「「 さて、話を戻すが、私は本来この世界、つまり『修羅道』で迷える住人を導く担当だ。 君は本来の住人である修羅族ではなく特殊な転生をした普通の人間だが、君が転生時の特殊能力としてリクエストした『極楽往生』の望みを叶えるため君を導きにやって来た 」」」



 ああ、そうだ。前世で疲れ切ってやる気が欠片もなかった俺は、そんな特殊な力など興味がない、ただ次の転生で極楽往生できればいいと言ってしまったのだ。そのためには悟りを開かねばならないとも知らずに。それも目の前にいる観音様より深い如来の悟りをだ。

 極楽に行くとは輪廻転生の輪から外れた異世界に転生するという事で、ほぼ成仏と同じ。そして成仏とは文字通り仏に成ることなのだから。



「「「 まあそんなことを言っても、文字通りの仏の悟りに一気に到達するなんてもちろん不可能だから、最終的には平安時代の浄土信仰の様に阿弥陀如来のお導きで極楽浄土に招待されることになる。だが、その段階に到達する前に、多少は自力で悟りを得て貰うことになる 」」」


 そう言うと観音様は、俺の手を取り空へ飛びあがった。そのままぐんぐん上空へ登って行き、気が付けばもう宇宙空間へ来たらしい。目の前に地球が青い球体として見える。いや修羅道の地球が、俺たちの知っている地球と全く同じ場所かどうかなんて知らないが。


 さらに速度が上がり、気が付けば足元に太陽らしき光輝く巨大な球体が見える。すぐにそれも小さくなり視界から消えていくと、一瞬意識が途切れた後、恐らく宇宙から抜け出した場所らしきところにいた。眼下には様々な世界が大小さまざまな球体のような形になって並んでいた。ちょうど縁日のボールすくいのようだ


「「「 これがよくSFなどで言われる、異世界やパラレルワールドだ。君が今まで生きてきた人道も、先程まで生活していた修羅道も数多存在する似たような世界の一つに過ぎない。 そこにある大きな球が君達になじみのある地球だ、安定していてほかのパラレルワールドの基準になっている。 最近よく見る何かの漫画・小説・ゲームなどにそっくりな世界というのも、その作品が作られると同時に新しい世界として下から浮かび上がってくる。もっとも、そういう新しい世界は、物理法則や天体の動きなど基準となるきみたちの世界と共有しているため、世界としては小さいものがほとんどだ。 まあ世界の容量と言うか、情報量と宇宙の大きさは比例すると思っていい  」」」


 例えば、と十一面観音様は俺たちの前世の世界だといった大きなボールを指さした。そこには小さな泡のような物がびっしり取り巻いている。見た目の比率で言えば、スイカにゴマをまぶしたような感じか。



「「「 あれはほんの小さなIF、例えば『今日着る服が違ったら』などだな。あまりに小さいので数時間から数日で元の世界に吸収される 」」」


 そしてその世界の上に浮かんでいる島のようなものを指さす。



「「「あれが天上界。伝説に出てくる、世界の中心にそびえる山、須弥山だ。 あの場所には天人や天部という神が住んでいるが、その周りに小さな泡が漂っているのが見えるだろう? 」」」


 確かに宙に浮かぶ山の周囲に泡が漂うという、メルヘンだか変だか分からない風景が見える。


「「「 あれは荒涼とした岩山しかない世界だ。君は悟りを開くため、あの場所で瞑想して貰う。108の煩悩のうち、様々な欲望や妬み・慢心など主なものに囚われなくなったら修行修了だ 」」」


 主なものと言っても、欲望に囚われないなんて本能を否定するような事をやれなんて。大乗仏教みたいに一気に如来さまの来迎とは出来ないんですか?


「「「 あれも、阿弥陀如来の救いを全く意識せず、尚且つ心の底から信心せねばならんのだぞ。その域に到達すれば大抵の人間は、無意識のうちに如来の教えを実行出来るくらい煩悩に囚われず解き放たれておる 」」」


 なるほど。そこまで難しいなら、今から救われたい俺は。瞑想で内省することで煩悩を打ち払うのは納得だ。だがとんでもなく難しく、長い時間がかかるだろうなあ。


「「「 人にもよるが、まあ一劫はかかるだろうな 」」」


 それ、どのくらいの期間ですか?


「「「 落語で五劫の擦り切れというフレーズを聞いたことはないかな? 」」」


 確か100年に1度、天女が水浴びしに地上に降りてきて、大きな岩に羽衣を掛ける、その一撫ででも砂粒数個程度は岩が削れるのを、岩が削れ切って無くなるのを5回繰り返すのが・・・って、その『劫』なんですか!?


「「「 その通り。具体的な数字に直すと、およそ4億3000万年となる 」」」


 長いなあ。いくら荒涼とした世界って言っても、生物が生まれて文明が三回くらい滅んでしまいそうだ。火の鳥の血を飲んだ人みたいな経験をするのか。


「「「 いや残念ながら、植物すら生えない。しかい君は今霊体だから、酸素も食糧も必要あるまい 」」」


 確かに。やはり修行用に創られた世界なんですか?


「「「 そう言う訳ではない。 数十年ほど前、何故か君たちの世界から霊体であの世界にやって来て、一劫ちょっと・・・大体5億年ほど瞑想するのが流行っていたようでな 」」」


 ああ、何の話か合点がいった。こんなところで、再利用することになるとはなあ。


「「「 さあ、納得してくれたところで修業を始めよう 」」」


 気が付くと俺は、一面荒涼とした岩山が広がる場所に一人佇んでいた。

 覚悟を決め、その場に腰を下ろし目を閉じで瞑想に入ることにした。

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