スピンオフ短編 「モニカの贖罪」

修道院の朝は静かだ。

鐘の音とともに目を覚まし、祈りを捧げ、畑を耕し、本を読み、眠りにつく。

かつて舞踏会でシャンデリアの光を浴びていた私は、今や土にまみれ、汗を流して生きている。


「おはようございます、モニカ姉」

子供たちが屈託なく笑いかけてくる。

その瞳は、計算や虚飾を知らない純粋な光で満ちていた。


私は、笑顔で応える。

今度こそ、仮面ではなく、本当に。


夜になると、ときおり夢を見る。

王子の隣で微笑んでいた自分。

ローラ様を陥れようと必死になっていた自分。


(あの時の私は……なぜ、あんなにも必死だったのだろう)


それは、ただ“愛されたかった”だけだ。

認められたかった。

庶民出の私が、貴族社会の中で立ち続けるには、それしか術がなかった。


けれど私は間違えた。

人を踏みにじることで得られる愛は、必ず崩れ去る。

そのことを、失って初めて知った。


ある日、修道院を訪れた旅人が、噂話をしていった。


「ヴァレンティア嬢は、今や王国を代表する外交官になられたそうですよ」


胸が痛んだ。

けれど同時に、不思議と嬉しかった。


あの人は、私が奪おうとしたすべてを乗り越えて、光の中に立っている。

私が“仮面”で掴もうとしたものを、彼女は“真実の自分”で手にした。


(ローラ様……あなたは、強い)


そう思うと、涙があふれて止まらなかった。


その夜、私は祈った。

自分のためではなく、ローラ様の未来のために。

そして、いつかどこかで再び会えるのなら――


そのときはもう、

誰かを憎む仮面の私ではなく、

ひとりの人間として、正直に向き合いたい。


鐘の音が鳴り響く。

新しい朝が始まる。

モニカ・エインズワースの人生もまた、ここからやり直すのだ。

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