スピンオフ:モニカの視点編

―転落のプリンセス―


笑顔を浮かべていれば、誰もが優しくしてくれた。

少し涙ぐんでみせれば、周囲は私の味方をしてくれた。


私は、それを「才能」だと思っていた。


でも本当は、誰よりも臆病で、誰よりも醜い心を持っていたのだ。


――ローラ・ヴァレンティア。

完璧な公爵令嬢。貴族たちが“次期王妃”として疑わなかった存在。


彼女のことは、最初から気に食わなかった。

何をしても品があり、努力をひけらかさず、誰かに媚びることもしない。


「好きになれない」

そう思ったのは、私の中にある“劣等感”が初めてあらわになった瞬間だった。


だから、彼女からすべてを奪いたくなった。


王太子クリス様が、私に声をかけてくれたとき。

私はこの機会を絶対に逃してはいけないと思った。


ローラ様を“悪者”にすれば、私は“かわいそうな庶民出の令嬢”という立場を最大限に活かせる。

涙を浮かべれば、クリス様は私の言葉を信じてくれる。

それが「優しさ」というものだと信じていた。


人の心は、案外脆い。

ほんの少し言葉を添えるだけで、他人の目は簡単に曇る。

それは、私がこの世界で学んだ“処世術”だった。


だが、学園祭の準備中。

一つの手紙の書き換えが失敗した。

使用人に命じた細工がバレた。


「……まさか、こんなところで」


クリス様の視線が冷たくなるのを、私は見たくなかった。

「誤解です」「私は何も知らない」と訴えたけれど、彼のまなざしはもう私を見ていなかった。


そして何よりも、ローラ様は何も言わなかった。

「私は無実です」とも、「あなたが憎い」とも。


ただ一度、私に向かってこう言った。


「あなたは、本当にそれで幸せだったの?」


その言葉が、私の胸を刺した。

私の方が幸せなはずだった。誰よりも愛され、守られていたはずだったのに。


……けれど、なぜか涙が止まらなかった。


卒業式。私は一人きりだった。


ドレスも、花も、注目も、もう何も手に入らなかった。

ただ、静かに拍手を送る人々の列の外に、私は立ち尽くしていた。


ローラ様は、光の中にいた。

誰かの手を借りるでもなく、自らの足で立ち、自分の道を選んでいた。


(私がなりたかったのは、本当は――)


そう思ったときには、もう遅かった。


いま私は、遠く離れた修道院で静かに過ごしている。


「誰かに愛されたい」

その気持ちは、今も消えない。


でも、誰かを傷つけて得た愛は、決して永くは続かない。


あの頃の私に言ってやりたい。

「あなたは、誰かにならなくても愛される価値があった」と。


そして、もう一度誰かを信じられる日が来るのなら、

今度こそ――本当の自分で、その人に向き合いたいと願っている。


私は、もう“仮面”を外さなければならないのだ。

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