悪役令嬢転生 スピンオフ

クロネコ

スピンオフ:クリスの視点編

―王子としての責任と再生―


僕は、小さな頃から“正しく”育てられた。


王家の血を引く者として、誰よりも聡明に、誰よりも公正に、誰よりも高潔にあれと。

間違うことは許されず、疑うことすら無礼とされる世界で。


そして、僕が婚約者として選ばれたのは、ローラ・ヴァレンティアだった。


彼女は完璧だった。礼儀作法、貴族としての振る舞い、すべてが絵に描いたように整っていた。

——だからこそ、どこか“冷たく”感じられた。

“心がない”と、どこかで勝手に決めつけていたのかもしれない。


そして、モニカ・エインズワースという光に出会った。

明るく、無垢で、誰にでも平等な微笑みを向ける“理想的な令嬢”。


——気づけば僕は、その光に目を奪われていた。


けれど、気づいていなかった。

誰かの“光”は、誰かの“影”の上に立っていることに。


モニカが語るローラの悪行。

涙ながらに訴える言葉を、僕は疑わなかった。いや、疑いたくなかった。


「そんな冷たい人間に、王太子妃の資格などない」と、

正しさという名の刃を振りかざし、ローラを遠ざけた。


だが、ある日。


モニカが舞踏会のドレスをめぐって使用人に罪をなすりつける姿を見た時、

僕の中で、音を立てて何かが崩れた。


その後、次々に明らかになっていく不正。

本来ローラが主導したはずの学園行事も、資料のほとんどはモニカ側が改ざんしていた。


彼女の“無垢さ”は演技であり、ローラの“冷たさ”は防衛だったのだ。


(……僕は、間違っていた)


その瞬間、王子としての“正しさ”ではなく、

ただ一人の人間として“情けなさ”に打ちひしがれていた。


卒業の日、ようやく僕はローラに言えた。


「……俺は、君の傍にいたいと思ってる。もう誰かに惑わされたりはしない」


けれど彼女は、静かに首を振った。


「私は、自分の人生を歩みたい」


それは拒絶ではなかった。

けれど、僕が望んでいたような“やり直し”ではなかった。


(当たり前だ)


傷つけたのは、僕だ。

信じず、見ず、ただ他人の言葉を信じて、彼女を遠ざけたのは。


それでも——僕を憎まず、自分の未来を選んだ彼女は、

僕が思っていたよりも、ずっと強く、美しい人だった。


いま、僕は王族として政務に携わっている。


彼女のような人物を、二度と見誤らぬように。

そして、誰かの声に惑わされぬよう、自分の目と心で判断することを胸に誓って。


かつての後悔が、今の僕の“責任”の根となっている。


あの人は、僕の過ちを許すためではなく、

——自分の人生を守るために、前に進んだ。


それを理解できるようになったとき、ようやく僕も、前に進めたのだと思う。


ローラ。

もし、またどこかで君と再会できたなら、今度こそ——


君の隣に立つにふさわしい人間として、僕は胸を張っていたい。


それが、僕なりの贖罪であり、

そして——未来への願いだ。

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