第3話<私、陽翔のこと好きかも。>

 図書室の窓際、午後の光が静かに差し込む時間帯。

 僕はいつも通りの席にいた。開いたノートにペンを走らせながら、周囲の気配をできるだけ遮断するように。


 でも、今日もその空気は、彼女に壊された。


「おじゃましまーす♪」


 軽いノリで椅子を引き、僕の真横に座る。

 天音るな。ギャル。派手髪。短いスカート。明るすぎる声。そして、昨日も一緒に帰った人。


「……なんで今日も?」

「え? 来ちゃダメ?」

「図書室だよ?」

「知ってるよ? でも別にしゃべるつもりないし?」


 そう言いつつ、ニヤニヤしてる時点で完全にしゃべる気満々だ。

 僕がため息をついたら、るなは嬉しそうに本を開いた。ページは昨日と同じところ。たぶん、読んでない。


 しばらく沈黙が続いた。いや、続いてるように感じるだけで、るなの視線がちらちらと横から飛んでくる。


「……ねぇ、陽翔くんって、彼女いたことある?」


 突然の質問。思わずペンが止まる。


「……あると思う?」

「ないよね!」

「即答かよ」

「いや、でもなんかそういうとこが陽翔くんっぽいっていうか」


 勝手な分析を始める彼女。僕は本に目を戻すふりをして、気配だけで返事した。


「なんでそんなこと聞くの」

「んー……なんでだろ。聞きたくなった?」


 はぐらかすように笑うけど、目は真剣だ。

 こういうときの彼女は、いつもより少しだけ声が低い。騒がしくない分、余計に印象に残る。


「……じゃあさ、陽翔くんって、誰かを好きになったことある?」


 さっきよりもっと踏み込んだ質問。

 僕は答えに詰まった。


「……ない、と思う」

「ふーん。そっか」


 るなは少しだけ眉を下げて、それでもすぐに笑った。


「……じゃあ、私が初めてってことになるのかな」


「は?」


「私ね、陽翔くんのこと、たぶん好きだと思う」


 ……え?


 その言葉はあまりに自然で、でも強烈で、頭の中でリピート再生された。


 好き? 好き? え? 俺?

 いや、でも「たぶん」ってついてたし、確定じゃないし、ギャルのノリかもしれないし――


「……冗談でそういうこと言わないほうがいいよ」


 なんとかそれだけ言えた。心臓がうるさくて、それ以上の言葉は出てこない。


「冗談じゃないよ?」


 彼女の目が、真っ直ぐこちらを見つめる。

 ふざけていない。笑ってもいない。


「好きって、いろんな種類あると思うんだよね。友達としての好きとか、一緒にいたいって思う好きとか」


 るなは自分の胸元を指さした。


「今ここにあるのは、たぶん後者。……ちゃんとドキドキするやつ」


「……俺みたいなのが、なんで?」


 るなの隣にいる自分が、いまだに信じられない。

 それなのに、好きとか言われたら、脳が処理できるはずがなかった。


「理由なんてわかんないよ。ただね……」


 るなは少し間を置いてから、口を開いた。


「たぶん、陽翔くんには前にも助けてもらったことがあるの。……昔」


 その言葉に、耳が反応した。

 前にも、って……?


「……どういう意味?」


「まだ言わない。陽翔くんがちゃんと私を見てくれるようになったら、教える」


 そう言って、るなはカバンを持って立ち上がった。

 その横顔が、妙に大人びて見えた。


「明日も、ここ来ていい?」


「……うん」


 その返事は、たぶん今日いちばん素直な声だった。



 その夜、ベッドの中で、僕はずっと考えていた。

 彼女が言った「好き」も、「前に助けてもらった」も、すべてがうまく整理できなくて。


 でも一つだけ、確かに分かったことがある。


 彼女のことが、頭から離れない。

 るなの表情、声、距離。全部が気になって、眠れなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る