第4話<文化祭の約束>

文化祭の準備が、ざわざわと始まりだした。

 クラスの発案で、僕たち2年C組は「純喫茶風のカフェ」をやるらしい。どうせ装飾だけ凝って、中身は市販のドーナツと紙コップコーヒーだろう。


 僕はというと、案の定「裏方に回ってくれると助かる〜」という多数決により、ポスター制作係に落ち着いた。


「陽翔〜、頼りにしてるよ〜!」

「はいはい……」


 教室の隅っこで画用紙を広げてると、どこからか香水の甘い匂いがした。

 顔を上げると、そこには当然のように彼女がいた。


「よっ、相変わらず引きこもってんな〜」

「放っておいてくれよ……」


 天音るな。僕の生活にずかずか踏み込んできたギャル。

 彼女は、るんっと腰を下ろして僕の隣に陣取った。


「陽翔ってさ、文化祭とか楽しめないタイプ?」

「まあ、正直に言えば」

「そっか〜。じゃあ私が楽しくしてあげる」


「……は?」

「ってことで、文化祭、一緒に回ろ?」


 軽い調子で言ったそのセリフに、僕の心臓は一瞬止まりかけた。


「……なんで、俺?」

「逆に、なんで陽翔じゃダメなの?」


 いつも通りのキラキラした笑顔。でもその奥に、ほんの少しの“本気”が滲んでいる気がした。


「ね、いいでしょ?」


 僕が言葉に詰まっていると、るなはリュックから小さなメモ帳を取り出し、ちぎって僕の前に置いた。


『昼12時、中庭の桜の木の下で待ってます。るな』


「……無理にとは言わない。でも、もし来てくれたら、嬉しいなって思う」


 そう言って、彼女はぱたぱたと去っていった。

 ポスターの筆を持ったまま、僕はそのメモを見つめ続けていた。



 文化祭当日。

 校舎の中は異常な熱気に包まれていた。

 コスプレでカフェをやる隣のクラス、廊下で爆音を鳴らす軽音部、はしゃぎまくる同級生たち。


 そんな中、僕は人波にまぎれて静かに歩いていた。


 桜の木の下。時計はちょうど12時。

 るなが言っていた時間、言っていた場所。


 ……いた。


 制服の上に薄い白のカーディガン。いつもより少しだけ控えめな髪色と、リップ。

 るなは、僕を見つけた瞬間、ぱあっと笑顔を咲かせた。


「来てくれた!」


「……ああ」


 気づけば口が勝手に動いていた。


 るなは隣に並び、僕の腕を軽くつかんで、ぴったりとくっついてくる。

 ギャル特有の距離感のなさに戸惑いながらも、どこか悪くなかった。



 僕たちは校内を歩いた。

 お化け屋敷に入ったり、演劇をのぞいたり、クレープを食べたり。

 何気ない時間。でも、僕にはすべてが非日常だった。


「はい、あーん」

「……自分で食べるから」

「いいじゃん、減るもんじゃないし〜」


 強引に差し出されるクレープ。仕方なく一口かじると、るなが「ふふっ」と笑った。


「ね、なんかデートっぽくない?」


「……るな」

「ん?」


「俺たちって、どういう関係?」


 言った後で、後悔した。

 聞いてどうするんだ。なんて返されたらいいんだ。


 でも、るなは真剣な顔になって、僕の目を見た。


「それ、陽翔くんが決めていいんだよ?」


「……え?」

「私はね、陽翔のことが好き。でも、告白っていうのは、ただ『好きです』って言うことじゃない」


「……じゃあ、何?」


「“あなたもそう思ってくれる?”って、問いかけること」


 るなは、桜の木の幹に手を当てながら言った。


「今日、陽翔が来てくれた。それが、私には答えの一部だったんだよ」


 ゆっくりと、彼女は僕に近づく。


「あと残りは、これからちょっとずつ、もらえたら嬉しいな」


 そう言って、るなはそっと、僕の手を握った。

 その手の温かさが、今日一番リアルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る